明治35(1902)年1月、雪中訓練のため、青森屯営を出発した歩兵第五聯隊第二大隊は、八甲田山中で遭難し、将兵199名を失う。
昭和39(1964)年、陸軍伍長だった小原さんが、62年間の沈黙を破り遭難当時の状況を語った。その他の証言や数々の資料をもとに、時を経て明らかになる真実が描かれている。どんどんと引き込まれて読んだ。
当時の身分制度による華族士族平民などの族籍から生じる問題も考察されている。
ほぼ同じ頃弘前屯営を出発し、生還した31聯隊について、たかりの行軍と呼びその実態を明らかにした。今だから語れる当時の軍の真実だろう。
今、八甲田山には、捜索隊の目印になるように銃を支えに立ったまま凍死したと語り継がれる、凍死寸前の後藤伍長の像が建っている。
また、麓の丘の陸軍墓地には、将兵の墓が立ち並び、どちらかというと美談でまとめられた資料が展示された記念館がある。