染師・まいまい です
私の地元・栃木県には
栃木県なのに局地的に新潟の言葉を
しゃべる地域があります
栃木市、佐野市の辺りの言葉・なまりです
私は、今更ですが、最近、
この地域の言葉が新潟の言葉と一緒なことに気がつきました
解りやすい最大の共通点は話の末尾に「さ~」が付くこと
「○○に行きました」 は
「○○に いったん さ~」 です
思えばここ、栃木・佐野付近は
その昔、戦国武将・上杉謙信が
「もう、いいよっ!くどいっ!」ってほど幾度となく
訪れていた場所です
関東出兵の関係で来ていたわけで、
大勢さんが越後からやってきました
絶対関係があると思います
※詳しくは調べていません
これはあくまで私の勝手な思いつきです
ご注意ください!
謙信公が10回も攻めた唐沢山(佐野市田沼)
この山にあった唐沢山城は「関東一の山城」
謙信公をイラッとさせました
謙信平から関東平野を望む(大平山・おおひらさん からの眺め 栃木市)
↑謙信公が眺めた景色です
空気が澄んでいると新宿の高層ビル群が見えます
この感じ・・・・
謙信公の自宅、春日山城からの眺めに似ている・・・・
謙信公は関東出兵から帰宅すると、
さっそく実姉の仙桃院(仙洞院・綾姫)に
みやげ話をしたことでしょう
「ただいま~、ねーさん、しもつけ(栃木県)にいったんさ~」
「毎年恒例の唐沢山攻めて、大平山にも行って、
大中寺の叔父さんに会ってきたんさ~」
「ついでに小山(私の地元)の祇園城も降伏させたんさ~」って
しゃべっていたに違いない
さ~さ~言うところが沖縄っぽいとも言われます
子宝に恵まれた実姉・仙桃院は
夫と別れて(死別)しまいます
独身の実弟・謙信公は、姉と子どもたちを
春日山城に呼び戻し、ずっと一緒に暮らしました
事実上、謙信公が甥っ子・姪っ子たちの、
お父さんをやっていたことでしょう
んっ
この構図・・・知ってる・・・・
GACKT家だ
GACKTさんちにそっくり
謙信公とGACKTさん偶然の一致が多すぎです
GACKTさんって前世、謙信公
これから「栃木にやってきた上杉謙信」のお話も公開して
いきますので、よろしくお願いします
新潟県上越市三和区山高津
↓ 謙信公が関東に出兵する際、通っていた道なのだそうですよ
「喫茶去」の前を通る道です
ここは謙信公が一休みしたゆかりの場所
喫茶去 GACKTさんお気に入りのお店 またここに帰りたい!
GACKTさん再度ご来店!喫茶去
↑ガクトさんお気に入りのお店
もどうぞ
ここを通って、うち(栃木県)の方まで来てたのか・・・・・
この道で浦川原地区へ行くと「月影」という地域があるのですね・・・
かつて月影村があったそうです
「月影小学校」のあまりに麗しい校名に
学校の名前を二度見しましたよ
現在は閉校し、学校は再利用され
宿泊体験交流施設「月影の郷」になっているそうです
月影なんて謙信公が大好きそうな名ですね
謙信公は、愛器の琵琶に「朝嵐」って
名付けるほどお洒落なんだもの
あっだって、
自分の愛馬の名に「月」使ってる
放生月毛(ほうしょうつきげ)
月毛は毛色のタイプを表しているそうですけど・・・
現代で言うところのクリーム色なのですね
月毛・・・美しい日本語です
月の色の愛馬とはステキです
ホントに白っぽいお馬さんだったのですね
あっ
GACKTさんも「月」がライフワークになるほど
大好きでしたよね