実家は昔ながらの家の構造をしているため、広い。
初めて足を踏み入れた人はみな、家の中で迷子になる。そんな場所は日本ではうちの実家か、新宿駅、はたまた富士の樹海だけではなかろうか。
そんな実家なのだが、わたしは昨日の夜、とても不安になった。
不審者が家の中で道に迷っているのではないか。
もし、夜寝ているときに偶然にもわたしたち親子が寝ている部屋にたどり着いてしまったら。
人間がいることに恐れおののき、我が子が危険な目に遭ってしまったら。
そういう時、母性は本領を発揮する。
就寝前、頭の中で戦いのシュミレーションを繰り広げる。
ここから入って来たら、私が距離的に一番近い。我が子は母に預けて私が戦うしかない。もし手こずったら、不審者は母に託し子を連れて逃げよう。
あっちから入って来たら、母が距離的に一番近い。母を生贄に子を連れて逃げよう。
でも、もし不審者が人間が見つかった喜びを感じているようであれば実家が馬鹿でかいことに原因がある。
仕方ない。今回は目を瞑り外に逃がしてあげよう。
もし、不審者が年寄りのおじいちゃんだったら、戦うなんて可哀想だ。あつーいお茶と虎屋の羊羹でもてなすべきである。
そうすると、逆の場合もある。
もし、不審者がギャルであったら。更生するように諭さなければならない。
いや、人間と決めつけてはいけない。様々な場合を想定するべきだ。
もし、生まれたての子鹿であったら。
子鹿の足がまだプルプルしていたら。
そんな子鹿を放っておくことはできない。
立つ練習をさせよう。
愛情いっぱい育てよう。週末はみんなで奈良公園に行こう。
そして大きくなったら群れの中へ…。
こうして我が子も巣立って行くのだろう。
毎日が母性に溢れている。
