2025年5月13日14日

中学生時代に地図を眺めるのが好きで気になった恐山。

「恐山」に行ってみたいというと、よく言われるのが「なんで!!怖そう!」

青森って、キリストの墓とか謎の県。気になりますよ。

もしくは寺山修司「田園に死す」のイメージ。


そんなこんなで旅好きの割に数十年の時を超えて、ようやく行くことができました。


この旅での恐山は、引き寄せられたような不思議体験があり、

これまでの印象からは変わってパワースポットのように私には感じられて、

また必ず訪れたい場所になりました。

大鰐温泉から青森まで奥羽本線で移動し、

青森駅から青い森鉄道に乗って野辺地で乗りかえ、JR大湊線で下北駅を目指す。

一面の菜の花畑を見ることができました。

花はいいね。色とりどりのひらひらふわふわした花びらが、心を穏やかにする。

下北駅からバスで数十分。急勾配の山を登り、硫黄の匂いが漂ってきた。

三途の川や‥(新喜劇)。

しかし、実際一番怖くて注意すべきは「熊出没!」

とはいえ、実際近くで発見したらどうしたらいいんだろ。熊めちゃくちゃ速いから。

背中みせて逃げると追いかけてくるからダメとか聞くよね。後ずさりする?

とにかく用心することですね。

三途の川からは少し歩いて、入り口で入山料を支払い中に入ります。

バスツアーの団体客も数組いて、お天気も快晴だったからか結構人がいました。


そして今回、初めて「宿坊」に泊まったのです!


事前に調べたネット情報では、予約がなかなか取れなくて泊まれないとか、

敷居を高く感じさせるような書き込みが多かったので、今回はやめておくか‥と当初は思っていました。


なのに泊まった経緯は、単純にこの日の下北駅周辺のホテルがものすご〜く高騰していたからです!

いろんな宿泊予約サイトを見て、空いていたビジネスホテルが1件のみ。

それも部屋数残りわずかで、素泊まり2万超え!!

GWの幕張と同じレベルじゃねぇか!こんな平日の真ん中に何があるんだ下北‥。


調べると、学会だか企業の総会だかよくわかりませんが、この日に限って何かがあったみたいなんです‥。

実際、行きのローカル電車で隣に座ったスーツ姿のサラリーマン二人組は、出張で東京から来ているようでした。


かしこまって、緊張して手が震えながらも電話をかけてみました。

「宿坊の宿泊を希望しています。5月13日に1泊したいのですが宿泊は可能でしょうか。」

「お待ちください‥‥‥大丈夫ですよ。」

(心の声:ダッ‥大丈夫なんだ、泊まれるん!!予約取れた!ウソまじ嬉しいけど緊張増す!)


「何名ですか」

「一人です」

「もしかしたら相部屋になるかもしれませんが、いいですか?」

「わかりました。大丈夫です。お願いします。」


これまで色んな国を一人旅して、知らない人とは大部屋から二人部屋など何回も経験があるので、耐性は一応ある。

ちなみに料金は、去年の情報より値上がりしていて〔一人:17000円二食付き〕。

どんな人と相部屋かな‥日本だし相部屋っても、さすがに同性だといいな。って覚悟して泊まったら一人部屋でした。

人が多ければ、相部屋になることもあるのかもしれません。

テーブルのある広い部屋+四畳半の部屋、洗面所とお手洗いがあり、すごく広かったです。

一人で使用するのが申し訳ないくらい。


夕食、朝食はみなさんと一緒に揃って「いただきます」「ご馳走様」をします。

お坊さんと一緒に食事五観を唱え、食事が終わるのはお話など含めて30分ほど。

食事は精進料理です。おかずの種類が多く、ボリュームがあり、

ゆっくり食べると時間までに完食できそうにないので、しっかりと集中して食べました。


夜に出された箸を朝も使い、もらって帰ることができます。

朝食の前にお勤めでお堂に集まりお経を聞くのですが、

お勤め後にすぐ朝食なのか気になってしまって、

朝の箸がいつ必要なのか気になっているところ、お坊さんがいらっしゃったので聞いてみることに。


お勤めの後、少し時間が空いてみなさん部屋に戻られるので箸はその時でいいですよ、との事でした。

その質問の後に話が弾み、恐山の話から私の人生相談も聞いてくださって、

立ち話で30分ほどロビーで話したように思います。


それまでずっと肩肘張って緊張していたのですが、

ようやく肩の力を抜く事ができて、恐山という場所をたのしむ気持ちに変わってきたように思います。

宿坊に泊まった方は、門を閉められた夜間も温泉を利用したり散歩する事ができます。

この温泉が最高なんですよ!こんな気持ちがよい温泉、初めて!

泉質が強いので顔を洗ったりは禁物。

顔を洗わずとも湯気でも目が充血するので注意が必要です。

つかるのも、10分間くらいって書いてあったかな?強すぎてのぼせちゃうみたいです。

だからポカポカ入ってくる感じが、もう違う。

外のお風呂は混浴と女湯が2つ、宿坊にも大浴場があります。

混浴の泉質が一番強いそうですが、私は混浴はちょっとご遠慮いたしました‥。

いつか機会があれば。


夜間は山の方は熊が出たりするので、あまり遠くへは行かない方がいいとの事でした。

その前に、ユスリカが大量発生していたので夜は外に長居はしませんでした。

早朝、宿泊者以外いない景色を見たいと散歩してきました。

立ち止まるとユスリカに絡まれるので、なるべく立ち止まらずに散歩。笑

汗とユスリカの気持ち悪さを流す為にも、朝風呂に寄ってから部屋に戻りました。

ポカポカスッキリ。


この後、お堂に集まって朝のお勤め。お経を聞きます。

そういえば、冒頭に書いていた不思議体験について。

恐山と言えばイタコさん。

亡くなった魂は、呼びたい人の命日をイタコさんにお伝えするらしい。


もしいたらと思って弟とのLINEのやり取りを遡ったんです。

結局イタコさんは基本お祭りにしか居ないようで会えませんでしたが、この日、祖母の月命日だった事がわかりました。


何も下調べもせず、たまたま天気予報で雨を避けて弾丸で決めた旅程。

下北駅で何も行われていなければ、宿坊にも泊まっていなかったかもしれない。

下調べしなさすぎと思われそうですが、お勤めの時に禅宗の曹洞宗と聞いてびっくりしたのが、ばあちゃんも曹洞宗でお葬式していた!!

朝のお勤めでは先祖にもお経を読み上げます、との事で、

ばあちゃん、ちょっと寂しい思いさせてしまっていたのかなと思ってしまいました。


帰宅して、青森っていうか恐山はどうやった〜ん?って興味あるのか母が電話してきたのでこの話をしたら、

最近ちょっと忙しくてお墓参り行けてなかった、と言いながら泣いていました。

ばぁちゃんごめんな。今年の夏の初盆はちゃんと帰るけん。

帰る時には宿坊の受付の女性の方に、

お一人でいらっしゃって大変でしたね、お気をつけて。とお見送りいただいたので、

パワースポットに感じました、またきます!とご挨拶をして、

御朱印帳を買いに行くと、お話してくださったお坊さんが書いてくださいました。

おわかりいただけたでしょうか‥。

ニコちゃんマーク入れときますね!って、右下の日付の十四日がそれです!

可愛い〜!特別バージョン。


たくさんの霊を祀って供養している場所なので、敬意を持っていくのは当然ですが、ただ怖いだけのイメージはなくなり、

私が感じたのは、強いエネルギーで温泉もポカポカってこと!

一人で広い部屋に泊まったのはちょっと怖かったですけどね。

またお世話になりたいと思います。

帰りに八戸で、食べてみたかった貝焼き味噌とせんべい汁を。
ちょと贅沢して帰りました。
青森また行きたいな〜!


青森の大鰐温泉から恐山に行ったことを書く流れのつもりでしたが、

のんびりしている間に桜桃忌が来ましたので、順番を変更して記すことにしました!


2025年6月19日

老若男女、平日なのに朝からたくさんの人が並んでお参りしていました。

太宰が好きだったさくらんぼをボランティアの方にいただいたので、私もお名前のところに。

満開の紫陽花の花は、なんだか儚げな雰囲気もありました。


と言っても、6月19日は太宰さんの誕生日なんですね。

入水した日は13日夜あたりで捜索を諦めつつあった日に、ご遺体が発見されたのが誕生日の19日。


三鷹で亡くなった事もあり、お墓もあるので19日を桜桃忌としてたくさんの方がお参りにいらっしゃるそうなのですが、

青森の金木の方では生誕祭として賑やかなのだそうで、金木の桜桃忌にも行ってみたい!

朝が苦手な私が早起きして三鷹に向かったのは、太宰さんゆかりの地を案内してくださるガイドツアーがあるとのこと。

朝10:30集合とあったのですが、それ以降の時間もご案内されていたようです。

外がものすごい暑い事もあり、ガイドさんのお話を近くの施設で聞いた後にルートを短縮してまわるとのことでしたが、

それでもいろんなお話を聞けて、すごく充実した時間を過ごせました。


私の参加したグループは12人くらい?だったかな。

最初、集合場所を勘違いしていて行った先に同じように待っていらした親子がいて、一緒にご移動。

仲良くさせてもらった事もあり、遠足みたいで楽しかったです!

青森さんの金木産の石「玉鹿石」

このあたりが入水した場所なのでは、と言われているそうです。

しかし確実な事はわからないそうで、もう少し下流説もあるのだそう。

当時はもっと水量が多く、水しぶきが上がって少し滝もできていたそうです。


玉川上水の水は生活用水なのに学生だかの子供が泳いでいて、

太宰さんが「こんなとこで泳ぐんじゃないよ!」と怒ったのに、ここで入水しちゃったんだよな〜。

なんて、おいおい〜って感じの、太宰さんらしいエピソードトークも聞けました。


何かで読んだのは、もう病気や薬によって意識が朦朧としていて、

入水した時はもう気絶か死んでいたのではないか、とも言われているようで、

ご遺体で発見された時の太宰さんの表情は穏やかな顔をされていたと読んだことがあります。


入水した愛人の富栄さんは、どうしても太宰さんを自分のものにしたかったんでしょうけど、

創作なら愛人の気持ちもドラマになるけど‥、グッド・バイの続き読みたかった。

それともそれを含めて、グッド・バイだったのか‥。

富栄さんはキャバレーの美容室で働いていて太宰さんに出会ってしまったが為に‥。

そしてウイスキーは当時すごく貴重でなかなか手に入らないようなお酒だったそうで、

お酒が飲みたい目的で富栄さんに近づいたのでは説を教えてもらって、

おいおい〜やっぱどうしようもねぇなwって一緒にガイドツアーを回った女の子と盛り上がってました。笑

そこも太宰さんの魅力なんよね〜。

太宰治文学サロンが終点。

暑さでカットされた箇所を、同行したグループの方が回られるとのことで私もご一緒することに。

井心亭の百日紅(サルスベリ)

前回来た時にサルスベリがどれか分からなかったのですが、道路沿いにありました。


花が無かったので散った後かな〜と言い合っていたのですが、

ググったら7月〜秋にかけて花が咲くみたい。

こちらは、太宰治文学サロンにある模型。

前回見た時、太宰さん親子いたの気づかなかったよ。


この家の庭にあったサルスベリを井心亭に移築したそうです。

三鷹市美術ギャラリーへ。

太宰宅の再現がされ、中は資料展示がされていました。

こちらの全体は撮影OKとのこと。

特別展示で直筆の表札などを見ることができました。

その後、陸橋(跨線橋)へ。

前回、行くのをすっかり忘れていたんです。

太宰さんがよく行っていたという跨線橋。

老朽化で取り壊しが決定したニュースがありましたが、取り壊していました‥。


取り壊し最中や。
実は、案内板はもう裏返しになっていました。
いや、全くなくなってしまったわけでは無かったから、少しでも見れてよかったです。
一緒に回っていた女の子が、どのように建っていたか想像するのもいいですね🎵って言ってくれてロマンを感じました。

ご一緒した方は、平日の中なかなか休めないお仕事を有給を取っていらっしゃっていたり、
それぞれ自己紹介をしながら三鷹駅までご一緒して解散しました。

帰る前にもう一度お墓に参りに行きました。

朝よりさらにお供えが増えていましたが、こちらで14:30頃。

夜に向けてもっと増えていそうです。


そして、もちろんこのまま放置になるわけにはいかず(花もさくらんぼも生物なので)、

桜桃忌が過ぎた後は片付けされる太宰ファンのご担当の方もいらっしゃるのだとか。

三鷹でも青森でもガイドさんからお聞きするのが、太宰のリアコ(ガチ恋)勢が熱心。

それが、若い方もすごく多い。多いのよ。

太宰さん痛バックの女子大生がいて気になったので話かけちゃいました。

ほんとに好きなんですぅぅう!!って言ってました。すごい。


亡くなった後、随分と時が経っているのにこんなにもオンナを惹きつける太宰さん。

わッ、私は好きになんてッならないんだからね!


あ、余談ですが太宰さんは眼鏡っ子の女性はタイプではないそうです。

ご参考までに。ガイドさんから聞いたお話。

富栄さんは目が悪いのに眼鏡を外して転んでいたりしていたとの事で、今はコンタクトがあるからいいね。


ということで太宰治さんのお話をいろんな方に教えていただき、ちょっと知れたかと思います。


太宰治を辿る旅はこれで一旦終了します。

聞いた話をそのまま記しているつもりではありますが、解釈のズレや私の勘違いもあるかもしれません。

皆様の想いそれぞれあるように、私の個人の感想もあります。

来年はまた違った感想を持っていけるように、たくさん買った太宰さんの本をゆっくり読みたいと思います。

5月12日(月)


弘南鉄道 大鰐線からの車窓から見える景色は、雨も上がってグレーに曇っていた空から光が差し込んでいた。

到着した駅は冷たく澄み切った空気を感じる。

旅館までは、ゆっくり歩いて徒歩15分くらいだったかな。

途中イオンがあったので立ち寄り、水を購入することに。

スーパの入口では、一輪のカーネーションを持った中高生くらいの男の子とすれ違いほっこりした。

ヤマニ仙遊館のロビー。

もうすごい。格式を感じて緊張しました。

私のお部屋は、すみれ。

可愛い。廊下の写真を撮り忘れたけど、部屋の名前はお花になっていました。

↑ヤマニ仙遊館とは。(画像の文字で確認してくださいませ)

何かネットニュースだか記事を見たのが、一時期ちょっと経営が難しくなりつつあった時期もあったそうで、コロナ期間とかにお風呂を改装して当時のイメージに近づけたりされているようです。

工夫を重ねて再建された話を聞くと、単に老舗や著名人が宿泊したというだけでは経営は難しいのですかね。

↑DAZAIの他にも宿泊された著名人が記されていました。

ちょっと上端切れちゃったけど、田山花袋などの文豪や、歴代総理大臣、

様々な歴史的有名人が記載されていて眺めるだけでも楽しめました。

中には、「多分泊まったらしい‥いいや、泊まってるハズ‥泊まったようなこと書いてあったし‥」的なのもあったような気が。

この階段を登った先の左右が、藤の間、菊の間。太宰とお母様が宿泊されたとのことです。

太宰が過ごした部屋プランもありましたので、お好きな方は泊まることができます。

階段から右手側にあるお部屋が、藤の間か菊の間。

写真を撮っている位置の右手側に藤の間か菊の間。

写真を撮っている位置の左手側はすみれの間。私が宿泊した部屋です。

遠い将来、まいこが泊まった部屋、すみれの間を訪ねる客がなかったとか、なかったとか。

ないんかい!

今日も知らずにすみれの間に宿泊されている皆様、まいこさんが泊まってましたよ。


お部屋は広いです!

老舗旅館になりますので、風呂トイレは全て共同になるようです。

館内も結構広めでした。

旅館ということで、食事付きのプランにしてみました。

一人宿泊でも料理を頼めるのは嬉しい。

料理付きプランの場合、3つのお店から選べます。


私は、敷地内の蔵にあるカフェにしました。

その他、近隣の焼肉屋さんか居酒屋さんを選ぶことができました。

追加で日本酒を頼んで、クイっとやっちょります。

〆はお蕎麦でちゅるんといきます。

載せ切れていないお料理もいくつかあり、海鮮丼とかお肉とか‥。

青森の山菜を食べられて嬉しかったです。

すごく満腹。

腹百二十分くらいになって後は寝るだけ。

寝る前に日課の配信を部屋でやっていたのですが、リスナーさんがよ。

背後に男女が見えるとか、片方は手を顎に‥とか、ビビらせてくるんですよ。(ここに限らずビジネスホテルとか毎度だけど)

もう怖くなって早めに切り上げて寝たけど、後日言われたのが、

基本泊まってるだけだし、太宰が亡くなったのは三鷹ダヨ。って。

青森の伝統的な朝食を、1階の広間でいただきました。

昨夜、料理を運んでいらっしゃった若い方が朝も食事のご用意をされていて、めちゃお仕事されてる!ってびっくりしました。

みなさま親切丁寧で、お料理も美味しかったです。

宿泊できてよかった、いい経験になりました。また来たい‥。青森最高だ。

文豪ゆかりの宿は国内たくさんある中で比較したら、とてもリーズナブルな値段だったこともあり、今回泊まる事ができました。

次また来れたらいいな。

それでは大鰐温泉から次の地へ、いざ恐山!!!!


つづく。

2025年5月12日(月)

この日は、五所川原駅近くのビジネスホテルで一泊。弘前で乗り換え、大鰐温泉に行く旅程。


五所川原のビジネスホテルの温泉は、ヌルっとしていて、うわぁ〜温泉だぁ!!と言うくらい、温泉的な泉質でした。

青森といえば、りんご。

りんごのお酒を太宰治も飲んでいたそうです。

こちらはJR弘前駅での飲み比べセット。

いい感じにほろ酔いになりましたよ!


ちょっと時系列戻りますが、五所川原駅から徒歩数分歩いて、太宰治「思ひ出」の蔵へ。


靴を脱いで上がります。

蔵なのでこぢんまりしていますが、畳に座って映像を見て、資料には青森県内の太宰治ゆかりの地の展示案内などあったり、出発前までちょうどいい時間を楽しめました。

津輕をたどる旅など、ゆっくり行ってみたいなぁ〜。


自動改札機が無いので、入鋏済スタンプを押してもらい駅中へ。


JR弘前に到着!!

さっ、桜ミクさァん!!


そういえば、青森って朝ラーって朝にラーメン食べるって配信で聞いていて、ウッソだぁ〜!と思っていましたが、ほんとだった。

朝からラーメンは、さすがに私の胃はついていけそうにないのだが。どうなんでしょ。朝専用とかあるんかな。結局ラーメンは食べなかったので不明。


弘前にも、太宰治ゆかりの地があります。

JRの乗り換え時間が1時間もあったので、途中下車をしてみました。


雨の予報を避けてきた旅程だったのに、しとしと降ってきました。
駅前でレンタルサイクル借りるか悩んだけど、自転車じゃなくて良かったレベルに降ってきたので、借りないで良かった。
雨女って実感します。とほほ。


弘前でのこちら「太宰治まなびの家」。

高校時代に下宿していた家との事で、こんな若い時からもう執筆をしていたとか凄。


そして、自さつ癖みたいなのがあった太宰ですが、

病院に運ばれて実家に連絡が入って大事になったのは、この時がはじめてなのだとか。

でもその前からちょいちょい、やってたらしい。


解説では、眠剤を適量以上に飲んだのは、翌日の数学の試験を受けるのが嫌だったからとか、実家の地主批判的な文章を書いたのが翌日発表されてしまうからとか流れていました。

数学の落書きは何についてかはわからないけど、とりあえず、あたまよさそう!!



ひろはこイベントまだやってたのか!桜ミク。

5月いっぱいだったんですね。桜ミクは遠いから行けるところに思っていなかったのでノーマークだったのさ。こりゃ寄り道時間と出費が想定外!笑


という事で、乗り換えの1時間ほどを立ち寄るつもりでしたが、桜ミクさんのひろはこイベントがデジタルスタンプラリーをやっていたので、これはやるしか…!


弘前の桜はすごいらしいと噂で聞いていたものの、もう散ってしまっているよなぁと思いきや、品種によっては少し残っていました。


雨にしたたる枝垂れ桜、まぁこれも良きかも。


弘南鉄道大鰐線、中央弘前駅。

スタンプラリーに入ってて、あっ、大鰐線ってここかぁ〜って言うのも、ちょうど聞いた話が、2027年に運行休止が決まっているとかで、廃線の流れになるそうな。


JRだと弘前↔︎大鰐温泉まで2駅のとこ、

大鰐線だと、中央弘前↔︎大鰐まで14駅。


りんご畑の中、ゆっくり車窓を楽しむ事ができます。


乗れて良かった!

でもりんご畑の合間に、ソーラパネルが存在を主張していて、減りゆく人口、畑を維持するのも難しくなってきているのを目の当たりにした。


夕陽が完全に沈む寸前に到着。列車から外に出ると、雨上がりにヒヤッとした冷たい空気が少し肌寒く感じるも、ここちが良かったです。


まだホームに居るのに、温泉地の肌感?なんか街中や普通の駅とは違う、なんだか特別な空気の風がまとっている感じがしました。


本日の大鰐温泉での目的地は、ヤマニ仙遊館。

太宰治をはじめ、歴史上の偉人が宿泊した事で知られるお宿です。


続きは次回。


2025年5月11日(日)

斜陽館に行ってきました!



金木駅から歩いて約6分ですが、太宰治疎開の家(前記事)に寄ってから行かれる事をおすすめいたします。



所要箇所では解説を記載してありますが、スマホで音声解説を聞きながらまわることができます。

イヤホン持っていたので、解説を聞きながらじっくりまわることができました。


とにかく床がテカテカで、ワックスなのか、ものすごく磨いているのか‥気になりました。

そして、この床はキシキシ音が鳴ります!なんで鳴るように作られているかは‥わかんない!


庭、もの凄く立派。


お分かりいただけただろうか‥。

斜陽の文字が。

床間の棚のカーブした造りが珍しいそうです。


天井。
いやぁ、素晴らしかったです。(‥浅っ)
↑ぼーっと見るとこうなりますので、ガイドさんとか詳しい方に出会えると感動が膨らむのですよね。


周辺を歩くと、ゆかりの地の地図がありました。
夕方に差し掛かっていたので全部は回れないので、改めてまた来ます!


バス停もあるので上手く使えば周りやすいかも!

と思ったけど、ちょっと本数は多くないみたい。

時間帯が合えばって感じですね。どこ行きかはわからないけれども。


芦野公園まで歩いて行くと、太宰治 思い出広場も通ることができます。

これまでの著書を年代別に見ることができます。


佇んでいらっしゃった。

太宰治をたずねる人の中には、時を超えても治にガチ恋している方もいらっしゃるそうです。


芦野公園駅から五所川原に戻ります。

桜の季節は、ものすごく綺麗なんだろうなと思いました。


喫茶店「駅舎」はもう閉店していました。

17:00には閉まるようです。


さらば!五所川原に戻ります。