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マイコーはナンパがサイコー\(^o^)/

福岡で活動する。

ナンパブログを書いてる、マイコーです。
本編ブログはFC2で、こっちは、サブブログです\(^o^)/


このテーマのブログで、
この内容は扱うべきかどうか少し考えましたが、震災がおきて5年。


某テレビ番組を見ていて、
出ていられた方が仰られた事が心に残りました。


以前mixiにアップした日記を掘り起こしてそのままここに掲載したいと思います。



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2012年

6月11日~16日 
福島県南相馬市にて東日本大震災被災施設の支援に入らせていただきました。

今回活動で、福島県郡山市と南相馬市を行き来しましたが、同じ福島でもこんなにも違うものかと感じました。
郡山市は、福岡で言うと薬院ぐらいなのかな。
大きな駅にビル。タクシーに若い人たちも歩くって感じの都会。

南相馬市は、原発から30K圏内に入り歩いている人も殆どいなく、夕方18字には暗くなっていた。
人気がないこと。外で遊んでいる子どもがいないこと。避難しているかたや、屋内で過ごしている方が多いからだと思うんだけどそんな感じ。
ちなみに車の交通量は結構多め。(拠点として活動していた場所が国道6号線の近くでもあったためそう感じたのかもしれない)

南相馬に最終的に残った。残ることになってしまった人たち。

若い方よりも、40~70代の方が多かったように感じます。

高齢の親を連れて避難出来ない。
本当は避難したいけど、家がある。

理由は様々ですが、「可能であれば避難したい。」
という想いが自分には聞こえてきたに感じます。


現地に住む方々が恐れていること、それは

「福島はいつまでもおんぶにだっこじゃダメだ」
「震災はもう終わったことだ」

と実際の姿が多くの人の目に心に届かないこと。


私が見て、触れ合ってきた福島県民の方々は明るく、優しく、他人に心配をかけることなんかしたくない、素朴で心の優しい方々ばかりでした。

「だからこそ、福島県民はヘルプを言えない。」
「大丈夫ですか?と聞かれたら大丈夫ですと答えるのが福島県民」

この言葉は、福島にてお世話になった法人の理事長のお言葉でした。
「でも、その福島県民が助けてと言ってるんです。」


震災があって、1年3ヶ月がたち、何か変わったでしょうか?
津波や、地震の被害が強かった地域の瓦礫の処理などは進んでいるかもしれません。

原発から20K県内に入れるようになったのはつい最近の話。
私が見た20K以内はあの日から時間が止まった世界。


※原発から20K以内は国の管理管轄になっているそうです。


崩れた家。
玄関の扉についたクモの巣。
人が通らない商店街。
雑草が茂っている庭。
水道の通らない地域。
襲った津波が引かない、海となった地域。


これでも、福島にがんばれっていえるでしょうか?

「原発が理由に死んだ人はいない」
なんてコメントがあるそうです。
そんなはずないですよね。
住む場所を奪われ、過去、今、未来全てを奪われています。


震災と原発は別問題なんです。


「今私に出来ること」
これを探ることがひとつテーマでもありました。



現地の、最前線で命掛けて活動を続けてきた方から言われた、

「風化していはいけない」
「震災はまだ終わっていない」

遠く九州の地からですが、現地の様子を気がけて周りに発信すること。

この問題を一人でも多くの人たちと共有すること。

これが今私にできること。

そしてあなたにも出来ること。


福島にて、原発再稼働のニュースを聞いたとき胸が締め付けられる思いをしました。


明日は我が身。
TVの中でしか見えない世界は明日は私のこともかもしれません。


自分のことだと思って、震災を、今の現実を見てもらえたらと思います。

まだまだこれから。
がんばろう日本。





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冒頭の話で、私の心に刺さった言葉は、




「私の中でまだ震災は終わっていない」






みなさんはどう考えますか??