こんにちは、まいこです。

 

今日も、自分の中でぐるぐると回っていたことを、少し言葉にしてみようと思います。


「強みがあるのに、なぜか活かせない」

「まいこさんは、共感力がありますよね」 「場の空気を読むのが得意ですよね」

そう言われることがあります。 そして、自己分析の診断結果も、たしかにそう出ていました。

  • 共感性

  • 慎重さ

  • 調和性

「私って、こういう人なんだ」 わかっている。 わかっているつもりでした。

でも、あるときふと気づいてしまったんです。

「これ、使いこなせてないな」


自己理解しても、行動が変わらない理由

「強み」と言われるものに出会ったとき、 はじめはちょっと嬉しくなりますよね。

でも、そのあと。

“で、どうしたらいいの?” “これを知って、私は何を変えたらいいの?”

この問いに、誰も答えてくれませんでした。

私はしばらく、「自己理解は無意味なのかも」とさえ思っていました。 だって、診断を読んで納得しても、 現実では相変わらず疲れて、迷って、動けないままだったから。


“わかる”だけでは渡れない川がある

そんな中で出会った、あるnoteの中に、 こんな一文がありました。

「わかる」と「扱える」の間には、大きな川がある。

私はその言葉に、ドキッとしました。

「わかる」= 情報や知識を手に入れること 「扱える」= 日常の中で、意図的に選び直せること

この間には、ちゃんと“橋”が必要なんだと気づかされました。 そのnoteでは、その橋を「構造」という視点で描いていて、

  • 感情がどう湧くのか

  • どんな思考の癖があるのか

  • 行動にどう影響しているのか

という“反応の回路”を紐解いてくれる内容でした。

https://note.com/by_sui/n/nb9c7c8d8b56a

 


自分を使いこなすって、こんな感覚なんだ

私は今でも、自分の性質に振り回されることがあります。 でも、以前より「その瞬間に気づける」ようになりました。

ああ、いま私、“気を遣いすぎて息苦しくなってるな” “この不安、またあのループに入ってるな”

って。

「わかってるのに、またやってる」じゃなくて、 「気づいたから、少し戻ってこられる」ようになった。

それが、「扱える」ってことなんだと思います。


あの頃の私と同じ人へ

  • 診断結果を読んでも、動けなかった

  • 自己理解しても、自信が持てなかった

  • 強みを活かすどころか、苦しくなってしまった

そんなあなたがいたら、 ぜひ一度、あのnoteを読んでみてほしいです。

「構造」という視点が加わるだけで、 自分が“どう動いているのか”が少しずつ見えるようになります。

それは、静かな安心をくれる感覚です。

また書きますね。

 

まいこ

こんにちは、まいこです。

 

少し前の私なら、きっと信じなかったと思います。 「感情を観察する」なんて、なんだか他人事みたいで。

でも実はそれが、自分を責めすぎるクセをほどく第一歩でした。


感情に“飲まれる”日々

ある朝、家を出る前に母親から言われたひと言。 「またそんな顔して。ちゃんと寝てる?」

ただの心配の言葉なのに、なぜかその日一日中、心が重くなってしまって。

職場でも、同僚のちょっとした溜め息や、上司の言い回しが気になって、 「私、何かまずいことしたかな?」と、帰りの電車ではひとり反省会。

そういう“感情に呑まれる日”が、私はとても多かったんです。


反応は、選べなかった

頭では、「気にしすぎないようにしよう」って思うんです。 でも、心が勝手に反応してしまう。 悲しくなって、悔しくなって、自分が嫌になる。

そしてまた、「こんなことで落ち込んでる自分」が嫌になって……。 ぐるぐるぐるぐる、同じ場所を回ってる感じ。

「私って、情緒が安定してないのかな」 「もっと強くならなきゃ」

そんなふうに、自分を責める材料ばかり増やしていました。


「観察する」って、どういうこと?

そんな私が初めて「感情を観察する」という言葉に出会ったのは、 あるnoteを読んだときでした。

その中で紹介されていたのは、 感情 → 思考 → 行動 のつながりを“反応回路”として見てみるという考え方でした。

「怒られた(と感じた)」→「自分が悪いんだ」→「謝って疲弊する」

この一連の流れを、ぐるっと俯瞰して眺める。 それだけで、少しだけ呼吸がしやすくなったのを覚えています。

それまでは、感情が出てきた瞬間に全てを引きずられていたけれど、 「わあ、今ちょっと怖くなってるな」とか、 「また“ダメ人間モード”に入ろうとしてるかも」と気づけるようになったんです。


感情を責めるんじゃなくて、ただ見つめるだけでいい

「この感情、なくさなきゃ」 「もっとポジティブにならなきゃ」

そうやって抑え込もうとすればするほど、 かえって自分が苦しくなる。

noteの中で、こんなことが書いてありました。

"感情は、敵じゃなくてセンサーです"

この言葉に、本当に救われました。

「私って、変わってもいいんだ」 「感情を観察してもいいんだ」

そんなふうに思えたことが、 自分との関係を少しずつ変えていくきっかけになったんです。

https://note.com/by_sui/n/nb9c7c8d8b56a

 

 


いまの私ができること

感情に呑まれてばかりの毎日から、 ほんの少しずつ抜け出せるようになってきた私。

でも、まだ完璧じゃありません。 昨日も、友達のLINEを読み返してモヤっとしてましたし(笑)

それでも、反応する自分に気づけるようになっただけで、 心がすごくラクになりました。

このブログでは、 「感情に飲まれがちな私が、どうやって自分を扱えるようになってきたか」 を、ゆるやかに綴っています。

またよかったら、読みにきてくださいね。

 

まいこ

こんにちは、まいこです。

 

最近、ちょっとドキッとすることがありました。 自分の心のためにと思ってやっていた「自己理解」が、 いつの間にか、自分を苦しめていたことに気づいたんです。


「ちゃんと自分を知ろう」から始まったのに

私が自己分析を始めたのは、 職場の人間関係でうまくいかなくなったのがきっかけでした。

「自分のことを知らなすぎるから、振り回されちゃうのかも」

そう思って、MBTIやエニアグラム、ストレングスファインダー…… ありとあらゆる診断を試して、 結果をノートに書き出して、感想までまとめて。

一見、とても意識高いことをやっているように見えるかもしれません。 でも、その実態は、 「こんな自分だからダメなんだ」 「この性格、直さなきゃ」 そんな“前提”から始まっていたことに、気づいていなかったんです。


自己理解という名の「静かな自傷行為」

本来、自分を知るって、 自分にやさしくなるためのものだったはずなのに、

いつの間にか私は、 「もっと深く理解しなきゃ」 「言語化できてない私はまだ甘い」 「このままじゃ変われない」

と、自分を追い込むために“自己理解”を使っていました。

まるで、やさしい顔をした刃物のように。

わかっているのに変われないのは、 努力が足りないからじゃない。意志が弱いからでもない。

だけどそのときの私は、 「もっと自己理解しなきゃ」という名の自己否定を、 ただただ正当化していただけでした。


そのnoteを読んで、ようやく許された気がした

そんな私を止めてくれたのが、 たまたま読んだ一つのnoteでした。

"あなたが苦しいのは、構造として理解できていないだけ"

そう書かれていて、衝撃でした。

「今の私がしんどいのは、 自分の性格がダメだからじゃなくて、 ただ、感情と反応の“仕組み”を知らないだけだったのかもしれない」

そう思えたとき、 はじめて「今のままの私でもいいんだ」と感じられたんです。

https://note.com/by_sui/n/nb9c7c8d8b56a

 

 

このnote、ほんとうに救われました。


わかろうとしすぎる私たちへ

「自己理解」という言葉が優しく見えるのは、 それが“自分に近づく”プロセスだから。

でも、もし今あなたが

  • どれだけ自己分析しても変われない

  • 自己理解してるはずなのに苦しい

  • 「もっと深掘らなきゃ」と思い詰めている

そんな状態だったら、 それはもしかしたら「やさしい暴力」になっているかもしれません。

私がそうだったように。

このブログでは、 そんな“自己理解の空振り”から抜け出して、 少しでも心が扱いやすくなる視点を綴っていこうと思っています。

また、書きますね。

 

まいこ

こんにちは、まいこです。

 

「そんなことで落ち込んでたら、社会人やっていけないよ」

数年前、職場の先輩に言われたこの一言。 今でも、ふとした瞬間に思い出してしまいます。

たしかに私、ちょっとした言葉に傷つきやすいし、 空気を読みすぎて疲れるし、考えすぎて眠れない夜もあります。

……これって、やっぱり甘えなんでしょうか?


「気にしすぎ」が自分でもイヤだった

たとえば、同僚が何気なく放った「ちょっと頼りないかもね」というひと言。 冗談交じりだったし、その場は笑ってやり過ごした。 でも帰り道、心の中で何度もリピートされて、 家に着くころには自己否定の嵐。

「やっぱり私って、ダメなんだな……」

気づけば、ずっとそのことで頭がいっぱいになって、 食事の味も、音楽も、全部遠くに感じてしまって。

もっと強くなりたいのに。 こんなことで落ち込む自分が、ほんとうに嫌だった。


でも、感情ってコントロール不能なんですよね

何とかしなきゃと思って、呼吸法を試したり、 ポジティブな言葉をノートに書いたりもしました。

「私は大丈夫」「私は私でいい」

……うん、わかる。 でも、その言葉がしみこんでくる前に、 胸の奥がズキッと痛む。

結局、「わかろうとすればするほど、わからなくなる」 そんなもどかしさばかりが残っていきました。


「感情は悪じゃない」って思えた日

転機は、ある夜に読んだ一つのnoteでした。

そのnoteには、感情を「押し殺す」のでも「言い聞かせる」のでもなく、

"観察するものとして扱う"

という視点が書かれていたんです。

たとえば、イライラしているとき。 「イライラしちゃダメ」って思う前に、 「今、私は何に対してイライラしているんだろう?」と 一歩引いて見てみる。

そのnoteには、「感情・思考・行動」がひとつの回路のようにつながっていて、 感情を否定せず、流れの中で“設計”し直せることが丁寧に書かれていました。

読んでいて、まるで頭の中にスイッチが入ったようでした。

https://note.com/by_sui/n/nb9c7c8d8b56a

 

 


自分を責める代わりに、見つめてみる

それ以来、私は少しだけ自分の感情に優しくなれた気がしています。

「また落ち込んでるな、私」って思ったら、 「じゃあ何に反応してるのかな?」と自分に問いかける。

甘えとか、弱さとか、そういうラベルをつける前に、 ただ“反応”として眺めてみる。

それだけで、不思議と感情にのまれにくくなるんです。


もしあなたも、

  • すぐに落ち込んでしまう自分が嫌いだったり

  • 感情をうまく整理できないことに疲れていたり

そんな状態なら、あのnoteを一度読んでみてください。 私にとっては、「感情って悪じゃなかったんだ」と思えるきっかけになりました。

少しでも、あなたの心がやわらぐきっかけになれたら嬉しいです。

 

まいこ

こんにちは、まいこです。

 

最近、職場でまたひとつモヤっとする出来事がありました。 上司の「もっと前向きにいこうよ」っていう、たった一言。 別に責められてるわけじゃないし、悪気があるとも思わない。 でも、その言葉が胸に残って、何日も消えないままなのです。

こういうこと、ありませんか?


変わりたくて、たくさんの自己分析をした

このままじゃダメだと思って、私はいろんな自己分析に手を出しました。

  • ストレングスファインダー

  • MBTI

  • エニアグラム

  • 自己理解ノート

診断を受けて、結果をノートに書き写して、 「私って、慎重で調和を大事にするタイプなんだ」 「なるほど、内向型で感受性が強いんだな」

……そうやって、“自分の取扱説明書”みたいなものを一生懸命つくっていきました。

でも、それだけではどうにもならなかったんです。


「わかってるのに、またやってる」

ある日、電車の中でふと気づいてしまったんです。

今日もまた、職場で気を遣いすぎて、 ひとりで疲れて、帰り道に自己嫌悪。

「またやってるな、私……」

頭ではわかってる。感受性が強くて、空気を読みすぎる癖があること。 でも、感情は止まらないし、行動も変わらない。

自己分析して、自分の性質を理解したはずなのに、 なぜか毎日がどんどん生きづらくなっていく。

あのときの私は、まさに「わかってるのに動けない」状態でした。


構造として見たとき、すべてが腑に落ちた

そんな私が変わるきっかけになったのは、 ある夜に読んだ一つのnoteでした。

何気なく開いたnoteには、こう書いてありました。

"知識ではなく、構造で自分を見る"

感情・思考・行動がどう連なっているのか、 反応がどう起きて、どうこじれていくのか。

それを“配線図”のように見せてくれる内容でした。

私はそれを読んで、初めて自分が 「設計図なしで、自分という複雑なシステムを動かそうとしていた」ことに気づきました。

このnote、すごくよかったです。 ちゃんと、あのときの私みたいに「わかってるのに止まる」って人に向けて書かれている感じがして。

→ https://note.com/by_sui/n/nb9c7c8d8b56a

 


自分を扱えるようになるって、少しだけ生きやすくなることかもしれない

繊細なままでいい。 でも、繊細さに飲まれないでいたい。

そのためには、やっぱり「構造」として見る視点が必要だったんだと思います。

あの日から少しずつ、自分とのつきあい方が変わってきました。 このブログでは、そんな日々の気づきを 同じように迷ってる誰かに届けたくて書いています。

よかったら、また読みにきてくださいね。

 

まいこ