風そよぐ  ならの小川の夕暮れは
みそぎぞ夏の  しるしなりける

【小倉百人一首九十八番】
従二位 藤原家隆(ふじわらのいえたか)

《風がそよそよと楢の葉に吹く、ならの小川[上賀茂神社の御手洗川]の夕暮れは、すっかり秋めいているが、六月祓のみそぎだけが夏のしるしなのだった。》

雲は低くたれこめ、しとしとと雨の降る中、ボスの自宅へ向かう途中、まだ青いイガグリが道端に落ちていた。
もう夏も終わりだな。と思いながらボスの自宅へ到着したら、ボスのお母さんが屋敷の隅にある小さな畑から 花オクラを摘んできた。

イモの葉を器に キレイに盛られた花オクラをテーブルに置き
「食べるね?」
と聞いてきた。

イモの葉やオクラの花に水滴がキラキラと光って とても綺麗だ

はい、いただきます。と返事をすると、小さなお皿と酢味噌を持ってきてくれた。

花オクラとは食用の花で、淡い黄色に 花の中心が鮮やかな濃紫色の模様がついていて、見るだけでもキレイな花だ。

まずは何もつけずにいただく。
キメの細やかな舌触りで、噛むとオクラのようにネバリが出てくる。
花の中心あたりは少し甘みがあり、そして少し苦味もある。

晩夏の蒸し暑い朝に冷たい食感が気持ち良い。

酢味噌も付けていただいたが、ドレッシングのほうが合いそうだ。

もう夏も後ろ姿だなとぼんやりと雨模様の空を見ながらもうひと花 口に入れた。
風がサッシを激しく揺らす音で目が覚めた。
枕元のケータイに手を伸ばし時間を確認する。
急に明るく照らされたディスプレイに思わず顔をそむけた。

じわりとその明るさに慣れた目で時間を確認する。

05:00

端数のないキッカリの時間にアラームもなしで目が覚めた事が少しおもしろく、フッと1人鼻で笑ってしまった。

まだ外は暗く、吠えるような激しい風の音だけがこの部屋にあった。

暗闇に慣れた目で窓際まで行きカーテンを開ける。
サッシは相変わらず激しく風に揺さぶられ、ガタガタという音を伴って震えていた。

目を凝らして外を見ると隣家の木がなびき、電線は波打っている。

窓ガラスが割れたら怖いので再びカーテンを閉める。

部屋の灯りをつける前にテレビをつけた。

ちょうど台風情報をやっていた。

いや、たぶん他の局にチャンネルを変えても同じように台風情報をやっているだろう。

どこかでビンのようなものが転がるような音がして、カーテンがしまっている窓のほうを見た。

テレビでは台風の進路を示す映像が流れ、外枠では交通情報が右から左へ流れていた。

ずいぶん風が強いようだが、何も被害がなければいいが。

そんな事を考えながらテーブルの上にあった菓子の袋に手を伸ばし口の中に入れた。

ガリッ

変な噛みごたえがしたので、舌先で噛んだあたりを探ってみると、固く尖ったものが触り、そのあと固くコロッとしたものが舌に乗っかった。

すぐに右手でテーブルの端に置いてあるティッシュに手を伸ばしたが、左手の掌に口の中のモノを吐き出した。

それは白くて小さな三角なモノと銀色の塊だった。

どうやらお菓子を噛んだ時に歯が欠けてそこに摘めてあった銀歯が外れてしまったようだ。

ティッシュで欠けた歯と外れた銀歯をキレイに拭いて、もう一枚ティッシュを取りだし左手の掌を拭いた。

チッ、なんて朝だ。

壁に掛けてある時計を見上げながら「歯医者って何時からだっけ」と   舌の先で欠けた歯のあたりを触りながら考える。

前歯から数えて左へ4番目の上の歯。
犬歯の隣で 固いモノを噛む時には噛み砕くために最初に食べ物に触る歯。

梅干しの種子を割る時に使う歯。

食べ物の『美味しさ』の要素の1つである歯ごたえを感じる歯。

もちろん どの歯も大切だが、よりによってなんでこの歯なんだよ。と1人ふてくされながらテレビを視ていた。

気になる歯を時たま舌で触りながら時間を潰し、09:00ちょうどに通いの歯科医へ電話をかけた。

しかし、何度コールしても電話に出る気配はない。

それから時間をおいて何度か電話をかけたが、電話には出なかった。

この台風のせいで今日は休みなんだろう。

仕方がない、明日仕事が終わってから行く事にしよう。と舌で欠けた歯のあたりを触りながら考えた。

みんなも気をつけるべきだ

台風の日に湿気ったポップコーンを食べるのは。
先日の夕方
夕方だが、まだ空は一面の青空で ひと欠片ほどの雲もない。

牧草刈りの仕事が一段落したところで牛舎の前を通りかかったら、ここの牧場のお母さんから声をかけられた。

「宮内さん、ちょっと手伝って」

いいですよ。と言いながらお母さんの後ろについて牛舎の奥へ向かった。
その向かう間にお母さんは前を向いたまま、「やっぱり男の人じゃないと」などと一人でしゃべってる。

私でできる事なら何でもしますよ。とお母さんの小さな背中に話しかけたが、聞こえないふうで「私じゃ力が足りなくて」と早足で歩きながら言っている。

奥へ着くとお腹の大きな牛が落ち着かない様子でウロウロしていた。
どうやら出産のようだ。

お母さんの話では昼頃から陣痛が始まったようだが、子牛が大きく なかなか出ないので、引っ張り出すと言う。

小さなお母さん1人の力では子牛を引っ張り出すには力が足りないらしい。

ウロウロする母牛に私が近づくと怯えた様子で逃げてしまうので、一旦離れてお母さんが母牛を繋ぐのを遠巻きに見てから牛の後ろへ回って近づいた。

母牛のお尻からは子牛の前足が出たり入ったりしていて、時おり母牛のお腹が大きく波打ったりしている。

「コッコ(子牛)が大きくてねえ、ヨイショ」

とお母さんは母牛のお尻に手を突っ込み、子牛の前足にロープをかけると私にそのロープを手渡した。

「いきむのに合わせて引くんだよお」

と、小さい子供にモノを教えるように私に優しくお母さんが話しかける。

牛の鳴き声をあげながらいきむ様子に合わせて引くが、なかなか子牛は出てこない。

そのうち牧場の若い嫁さんも加わり三人でロープを引っ張る。

滑りやすい足元で踏ん張りながら、それぞれが「がんばれ」「ほれ、がんばれがんばれ」と母牛に声をかける。

何分ほどそうしていただろうか、それまでとは違う手応えがあり、ズルリと子牛が出てきた。

難産で弱っていた子牛の口や鼻をキレイにしたり、前足を動かしたり体をさすったりしながらお母さんと若嫁さんが子牛の自発呼吸を促すと、ようやく動き出した子牛に安心したように「よかったよかった」と胸の前に手を合わせた。
ヌメリとツヤのある黒い子牛だった。

その母牛の初乳でお母さんが牛乳豆腐を作ってくれた。
出産したてのミルクはたんぱく質が多いなどの成分の関係で一般に出荷出来ないので、こういった酪農家でしか食べられないものである。

牛乳豆腐というものの、豆腐の感じはなく、固い豆腐の食感に近いチーズといったところだろうか。
私は正油をかけていただいたが、ポン酢や塩なども相性が良いらしい。
飲み込む時にミルクの風味が鼻を抜けるが、イヤな風味ではない。

とにかくここ北海道は食べ物が美味しい。
というか、ここのお母さんの作る食事が美味しい。

ミルクは毎日絞りたてのモノを鍋で一度沸かしていただく。
さっぱりしていて、それでも甘みがあり、毎日こればかり飲んでいる。

海の幸がおいしく、ちょっとした焼き物煮物などの魚が脂がのっていて旨い。
こちらの人が南の方の魚を食べても、淡白すぎて味がないと言う。
ホッケもカレイも もちろん鮭も脂がのっていて旨い。

それからホタテ。

数日前に牧場にミルクを貰いに来た漁師がその帰り道、鹿とぶつかり車が大破した。
その時にその漁師さんの家まで牧場の若社長が送って行ったのだが、そのお礼にともらった捕れたてのホタテの美味しいこと美味しいこと。
今まで食べていたホタテとは歯ごたえも味もまるで別物。

他には週に一度ほどのジンギスカン鍋。
クセもなく肉も柔らかい。

若嫁は若嫁で、北海道限定のモノを色々持ってきてくれる。
北海道限定のカップ焼きそば『焼きそば弁当』やラーメン。
『ちくわパン』やポテトチップス。
飲み物ではガラナやソフトカツゲン。

他にも見るだけでも楽しいレパートリーでいっぱいだ。

朝は5時から牛舎の仕事を始めるお母さんはその前に起きて私たちの朝食まで用意してくれる。
品数も多くボリュームもある。

お母さんの小さな体から出てくるパワフルの素はこの朝食のせいかもしれない。

普段は朝食はとらずコーヒーだけの私だが、おかずによってはご飯をおかわりする毎日である。

昼食も夕食も、せっかくだからと北海道ならではの料理をたくさん作ってくれる。
行者ニンニクや山わさびなどを出されるとさらに食が進む。

中国やスペインでは、もてなされる側のマナーとして、出された食べ物を少し残すという文化があるが、私は日本人である。
出された食べ物は残さずキレイに食べることを美徳とする教育で育ってきた。

空いたお皿を見たお母さんは「これも食べなさい」
「アレも作ってあげる」
と世話をやいてくれる。

私が「もうお腹いっぱいです。もういりません。」というサインを明確に出すまでそれは続くのだ。

前に体重計に乗ったのはいつだっただろう?
1ヶ月前?
半年前?
覚えていないが、自分でベストと思われる体重はキープされていた。

夕べ、風呂上がりに体重計に乗ったら、そのベスト体重から5.5キロ増えていた。

おそるべし食の国北海道。