今週の木曜日、父はいつも通りデイケアに参加しました。

迎えに行った帰り道に車の中で父は、「明日、デイケアに行かなきゃ行けないんだよ。○○さんが明日も一緒に参加しようって言うんだよ」と嬉しそうに話します。

父は義理堅くお世話になったことを忘れないので、きっと○○さんにお世話になったか、一緒にいてとても楽しかったかのどちらかだろうな、と思いました。

「じゃ、明日の朝にデイケアに電話して参加できるか聞いてみるね」と父に話しました。




私は、この時、○○さんの名前をきちんと聞いていなかったことを後から悔いることになりました。

というのは、

帰宅して母と3人でお茶をしながら、父は明日デイケアに誘われたことを嬉しそうに話し、妹が立ち寄ったときにも同じことを話していました。

私たちは「行ってきたらいいよー」と父に同意して嬉しそうな父を見ていました。

しかし、夕飯の後、父は誰に誘われたのかを忘れてしまいました。

「古山さんはお母さんを連れて来てる人だよな」とか「田中さんはお前も知ってる人だっけ?」とか、誘ってくれた人の名前を思い出そうとして私に色々聞いて来ます。

私はテレビ見たさに適当に返事を返してさっぱり真剣に聞いていませんでした。

さらに、

23時半頃、洗面所に行こうとしていた父に、冗談まじりに「お父さん、明日誘ってくれた人は誰だっけ?」と聞くと、父は「思い出せないんだよ。ずっと思い出そうとして眠れないんだよ」と。「思い出せないから明日は行くのを止めるよ」と。

父は、21時半頃床につきましたので、約2時間思い出そうとして眠れなかったのです。

急に父が可哀想になり、確か父の財布の中にメモが入っていたことを思い出し、父と一緒にメモを見たところ、そのメモに書いてあった名前は、先日お饅頭を下さったデイケアに参加されている方のお名前でした。

父はメモを見て、「これはお饅頭の人だよ」と覚えていました。

そして、「もういいよ、明日は行かないから」と、そのメモをくしゃくしゃにしゴミ箱に。

私はひどい罪悪感を感じました。

なぜ、車の中で父から名前を聞いた後、帰宅してからメモを取らなかったのか。

なぜ、父が思い出そうと話しかけてきた時にテレビ見たさに真面目に聞かなかったのか。

なぜ、軽い気持ちで冗談まじりに、眠れずに起きてきた父に、誘ってくれた人の名前を聞いたのか。

自分が本当に優しくない人間だと、なんとも言えない気持ちになりました。

父に本当に悪いことをしたと。

父は思い出そうと一生懸命だったのに、眠れないほど思い出そうとしたのに。




次の朝、父はデイケアに行く服装ではなく、いつも家にいる時の服を着て起きて来ました。

母が聞くと、「行くのは止めた」と。

結局、その日は参加しませんでした。

認知症で忘れることが多くなりましたが、お世話になったり楽しかったりしたことは忘れない義理堅い父です。

父の思い出そうとする苦しさ、思い出せない辛さを全く理解していなかったことと優しくなかったことを私は深く反省しました。