チュ・ジフンはラッキーだ。しかし反面、偏見を持たれている俳優でもある。
ドラマ『宮~Love in Palace』で彗星(すいせい)のように現れ、『魔王』で日本のファンまで魅了したチュ・ジフン。わずか二つの作品で、新人としてあらゆるものを手に入れた。しかし王子様や冷徹なキャラクターを演じた上に、めったにメディアの前に姿を現さないため、「近づき難い」という先入観を持たれることが多い。また、2006年にデビューしてから、間もなく公開される映画『アンティーク』まで出演作が三つしかない寡作の俳優だ。
『アンティーク』はそんなチュ・ジフンに対する先入観を崩すのに十分な作品だ。ゲイから誘惑されるが、それに負けないやや神経質なケーキ屋の主人を演じるチュ・ジフンは、明るく振舞ってはいるが、心の片隅にいつも不安を抱いている。チュ・ジフンはこの作品に出演する際、自分と映画の中の主人公がとても似ていると思ったという。
明るく振舞っているが、心の片隅に暗い影を落とすチュ・ジフンと会った。チュ・ジフンはインタビューの途中で涙も流した。そんなチュ・ジフンとのインタビューをありのままにお伝えする。素顔のチュ・ジフンは真剣で愉快で、何よりも正直だった。
-初めての映画だが、同性愛をテーマにした作品を選んだ理由は?
「まったく意識していなかったが、最近同じようなことをよく聞かれる。ファッションモデルとして社会生活をスタートした。モデルの世界には同性愛者がたくさんいる。知り合いにいるというわけではないが、自然なことだったので特別変だと思ったことはない」
-それではシナリオのどんなところが気に入ったのか。
「辛いことがあっても、そのために毎日苦しむということはない。笑って騒いでも、一人になると落ち込むというような…。一人で悩んだ時期もあったが、その時の気持ちとよく似ている。映画の中のキャラクターが…」
-『宮』で彗星(すいせい)のように登場した後、 とんとん拍子でスターになったように見えるが、何か悩みはあったのか。
「『宮』が終わった後、完全に変わった環境に適応するのが難しかった。僕は変わっていないのに周りの人たちが距離を置くようになった。とても傷ついた。当時、人間の二重性に関する本をたくさん読んだし、いろいろなことを考えた」
-そんな感情が『魔王』を選ぶことに影響を与えたのか。
「そうだと思う。誰かを殺すかもしれないと思ったこともある。『魔王』に出演しながら、暗く辛い時期があった。一方ではこの経験がいい演技につながるのではないかとも思った。あえて例えるなら、指の先を切断した人と腕を切断した人にどちらの方が痛かったのか聞くようなもの。どのくらい痛いのかは本人にしか分からない。当時、家の事情や周りの人々の視線などに苦しんだ」
-作品を終えた後、そのような感情がどれくらい解消されたか。
「作品が終わったらとてもむなしかった。人間が発散できるエネルギーや感情は、量がある程度決まっているのかもしれない。喜怒哀楽を6カ月間吐き出していたらむなしくなった。配役になりきるようにと教わったので、さらにそのような思いが強いのかもしれない。だからより暗い感情を持つようにもなった。寒い日にほおを叩かれると普段より痛いように」
-そういうときはどんなことを思うのか。
「偏見や誤解を感じることはある。そういうときどうすればいいのかよりも、自分のどこに問題があったのかを先に考える。そして悩む」
-モデル出身の俳優として突然人気が急浮上したが、それに対する思いは?
「最初にモデルをしていた時、その世界では憧れの雑誌からスタートした。そこは本当にすごかった。やりたいのに自分の能力が足りない、というギャップが大きかった。理想が高いほど実現が難しいものだが、その部分については悩んだことがない。4年間モデルをしてきたが、1度も来月仕事が入るだろうかと心配したことがなかった」
-ドラマで冷たく冷静な役を演じたせいか、『アンティーク』ではあまりにも普通の男性の役だったので驚いた。
「よくそう言われる。僕はむしろそういう反応に驚いている。僕は今も以前も、悪いこと以外はしたいことをしながら生きてきた。そういう風に感じたかったし。そのような経験が演技の足しになるとも思っている。それなのに僕がこれまで自然に見えなかったとは…」
-『アンティーク』で何を見せたいと思っているか。
「僕はまだ100%信頼される俳優ではない。何かを見せるということ自体が難しい。そんな余力はない。今できることは、最善を尽くすことだけだ。演技をしながら少しずつ自我を取り戻している気分だ。『アンティーク』に出演しながら、心の中の暗い部分が少しずつ晴れていくような気がした。映画のように。そして多様性を学んだ。人間の二重性について悩んだ結果、さまざまなことを知った。一人でいることが好きだが、外では笑って騒いでいる。本当に親しい人たちと。そうすると、家にいる時の自分が本物なのか、外の自分が本当なのか分からなくなる。結局、僕は僕でしかないのに」
-初めての映画だが、楽しかったことは?
「初めて監督と話した。『宮』や『魔王』では、監督は父親のように厳しく、なかなか質問することができなかった。今考えると、僕のキャラクターのためにわざとそういう風に振舞っていたのではないかとも思うが…。でも『アンティーク』のミン・ギュドン監督は繊細な方である上に、撮影の期間がテレビより余裕があったので、いろいろ話をすることができてすごくうれしかった」
-人に悪く言われるのが怖いか。
「うまく演じることができていれば悪く言われないだろう(笑)。『アンティーク』に出演しながら少し余裕ができた」
-『アンティーク』の主人公4人中3人がモデル出身だ。故イ・オンさんの葬儀にも出席したのを見かけた。一度信頼すると最後まで信頼するタイプか。
「僕の心の中に一人の人物がいる。その友達を外国で待っていた…。その時…(チュ・ジフンはこのとき顔を伏せ、3分ほど顔を上げることができなかった。突然汗と一緒に流れる涙が、友を失ったチュ・ジフンの悲しみを物語っていた)僕の友達はほとんどが個人主義だ。お互いにそういう部分をよく知っているし、信頼している。そういう人ばかり集まるし。(チュ・ジフンは気分を変えるように『映画の話をしよう』と言って笑った。顔には涙の跡が残っていた)」
-『アンティーク』のメンバーとは息が合っていたか。
「最初にみんなで集まって一緒に飲みながら話をした。お互いにほめ合ったり、叱り合ったりしようと。キム・ジェウクはもともとソフトな話し方。チェ・ジホ先輩は初めての経験のせいか、聞き役に回っていた。ユ・アインは少々語調がきつい(笑)」
-今見せることができる部分はすべて見せたように思えるが。
「宿題が多かった。僕たちはワンシーンに全員が収まることが多かった。結局、二人だけ登場してもいつも同じ空間にいるということになる。だからセリフもなく2‐3分間リアクションをしなければならないことも多く、その時間が永遠のように感じられた。演劇をしたこともないので、リアクションが難しかった。何より僕の行動の正当性を表現しなければならなかった」
-映画でのようにトラウマがあるか。
「ある。幼いころのトラウマがあるし、新たなトラウマもできた」
-話せることだけ聞かせてほしいが。
「アジア通貨危機の時代、家が苦しくて、高校を辞めようかと思ったことがある。父親が糖尿病で、当時僕は祖父母と一緒に暮らしていた。結局そういうことにはならなかったが、父親が足を切断するかもしれないという話を祖父がしているのを聞いた。足元が崩れ落ちるような気がした。だから高校を辞めて働かなければと思った。僕は今でも子どものころの自分にとても縛られている」
-『アンティーク』でたばこを美味しそうに吸っていたが。
「原作の漫画を見てもらえれば分かると思うが、かっこよく見せようと吸ってみた。また、習慣的にかなり吸う方でもある。仕事を終えた後の一服は何とももいえず美味しいもの。ドラマの中のキャラクターも同じだったと思う。だから自然にそのような演技になった」
-映画の中でのように、誰かを傷つけたことがあるか。
「これまで二人の女性とそれぞれ2年、3年間付き合ったことがある。どちらとも僕が先に別れようと言った。僕が死にそうな気分になるまで我慢して、我慢の末に別れを告げた。僕はピアノ線を握っていて、指が切り落とされてしまいそうだと言った。だからそのとき、僕の心に大きな傷はなかった。僕が別れを言い渡されたこともある。とても悲しかった。僕もそんな風に相手を傷つけたのだろうと思った。両親にもそんな消えない傷を負わせたことがある」
-知り合いの女性たちが映画に続々と特別出演したそうだが。
「知り合いの女性は一人もいない。男同士で生活していると、撮影現場に女性が来ると気分が盛り上がる。そのお陰でいい演技ができたこともある」
-どうして演技がしかたったのか。
「自分自身を吐き出したかった。モデル時代、友達に時々『お前、浮いてる』と言われた。そのとき『もう少し待て。全部吐き出した後に中身をつめていくから』と答えた」
-二つの作品でスターダムに上がったが。
「ある感情に苦しんでいるときにそういう作品がやって来る。本当にラッキーだと思う。その役を心から伝えることができるから。注目を浴びているかどうかは第三者が判断することなので、よく分からない」
-『アンティーク』の撮影所に日本人のファンが訪れていた。韓流スターの仲間入りをしたが。
「特に実感はない。周りが話してくれればいいのに(笑)」
-俳優としての目標は?
「幸せになること。幸せになってこそ信頼される俳優になれると思う。小さなスペクトラムですべてのものを見せることができる俳優になりたい」
-本や映画をたくさん見る方か。
「1週間に7冊読むときもある。映画は勉強だと思って1日に1本は見る」
-最近の情緒を表現するとしたら? またそれを描く作品に出演する予定はあるか。
「おぼろげな感じ。でもその感情を演じることになったらとても悩むと思う。その話を聞くことだけでもこんなに胸が締め付けられるのだから」
-『アンティーク』のセリフに「この日を待ってきたのではないか」というのがある。「この日」は来たか。
「まだ。いつかは待ち焦がれた日が来るかもしれない」
チョン・ヒョンファ記者
「アンティーク」日本公開は来年のゴールデンウィーク。それまでにジフニのドラマでも観られるかしら?本ばかり読んでないでどんどんドラマに出て欲しいです。