☆魔法力学☆

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※これからお伝えするのはダライ・ラマの説く『カーラ・チャクラ』のお話しのほんの一部を☆魔法力学☆流に簡単に説明したものです。
今回はかなーりの長文なので、ヒマな時に読んで下さいね。



おはようございます。

発行者の月読です。

今回は『全員参加・全員被害者・途中退場不可…カーラチャクラ時空曼荼羅入門』ってお話しです。

これから宇宙の地図の説明をいたします。

地図といっても、グーグルマップには載っていない地図です。

カーナビにも設定できません。

しかしこの地図は、あらゆる地図の中で最もスケールが大きく、最も精密で、最も古く、そして最も身近な地図です。

その名を『カーラチャクラ・タントラ』といいます。

意訳すると『時空曼荼羅』(じくう まんだら)です。

チベット密教における最終的な教えが描かれた曼荼羅です。

曼荼羅というと、丸い図形の中に仏様がぎっしり描かれているあの図を思い浮かべる方が多いかと思います。

そうです。

私が変なおじさんです。

ちがいました…。(笑)

そうです。

それで正解です。

ただしカーラチャクラの場合、仏様の間に宇宙が丸ごと詰まっています。

仏様だけでも相当な密度なのに、そこに宇宙まで入れてしまった。

密教という世界は収納に関して一切の妥協をしません。(笑)

カーラチャクラとはサンスクリット語で何を意味するかというと『時の輪』です。

カーラが時間、チャクラが輪。

そしてカーラにはもう一つ『死』という意味があります。

つまりカーラチャクラとは時間の輪であり、死の輪でもあります。

名前からして逃げ場がありません。

誰でもいつかは死にますからね。

しかしよく考えてみて下さい。

逃げ場がないのは最初からです。

我々は生まれた瞬間から時間という輪の中に放り込まれており、この輪から抜け出した人間は古今東西誰一人としておりません。

全員参加、全員被害者、途中退場不可という、なかなか強引なゲームの中に我々は最初から放り込まれているというすんぽーなのです。

ブラック企業も真っ青です。

カーラチャクラとはそのゲームの攻略本を見て、逆に使いこなしてしまおうという体系です。

ズルいですね!

ズルくてもいいんです!

裏ワザがわかればゲームは変わります。

やられる側からやる側へ。

受け身から能動へ。

これがカーラチャクラの根本的な姿勢です。


ではカーラ・チャクラ=時空曼荼羅とは具体的にどういうものでしょうか。

核心を一言で言います。

宇宙の時空構造と、あなたの身体の構造と、あなたの意識の構造が、全て同じ原理で動いているっちゅーわけです。

これです。

外の宇宙と内なる人体と、さらに深い内なる意識が、入れ子になって完全に対応し合っている。

その全体を一枚の図として描ききったものが時空曼荼羅です。



入れ子といえばマトリョーシカですが、カーラチャクラのマトリョーシカは一番外が宇宙で一番内側が自分の意識の核です。

開けても開けても出てくるのが宇宙で、最後に出てくるのが自分自身です。

怖いです。(笑)

現代物理学の言葉を借りると、アインシュタイン博士の相対性理論以来、時間と空間は切り離せないものとして扱われるようになりました。

時空という概念です。

カーラチャクラはこれと同じ洞察に、10世紀にまったく独自の方法で到達していました。

アインシュタイン博士よりも約九百年早いです。

九百年早いというのは、もはや先取りではなく嫌がらせです。(笑)


ただし決定的な違いがあります。

物理学の時空はあくまで外の客観世界のお話しです。

カーラチャクラはそこに意識を加えます。

宇宙の時空と、身体の時空と、意識の時空が、全て同じ一つの原理で動いている。

だから一枚の曼荼羅で全部表現できる。

これが時空曼荼羅の本質です。

ここまでは解りましたよね?

その証拠が、実は今このとき、あなたの鼻先にあります。

呼吸です。

人間は一日に21600回呼吸します。
(月読調べ。笑)

一年は21600分です。

あなたが一日にする呼吸の回数と、地球が太陽を一周するのにかかる分数が、ぴったり一致します。

偶然にしては出来すぎています。

古代インドの修行者たちは顕微鏡も望遠鏡も計算機も持っていませんでした。

持っていたのは静寂と、呼吸と、途方もない集中力だけです。

その集中力だけで宇宙と人体の対応関係を読み解いてしまったわけです。

現代人は情報を調べるだけでスマートフォンを三台持ち歩く時代ですが、それで宇宙の真理に近づいているかというと、どうも怪しいです。

道具が増えるほど静寂から遠ざかるというのは、なかなか皮肉な進化ですよね。(笑)

さて、カーラチャクラ・マンダラの中心には本尊のカーラチャクラが座しています。

中心から外へ向かうにつれて、時間のスケールが大きくなり、空間も広がっていきます。

一呼吸から始まり、一日、一年、そして劫(こう)という気の遠くなる単位まで、全ての時間が同心円状に広がっていきます。

一劫がどれくらいかというと、大きな岩に百年に一度だけ天女が薄衣の袖を触れて、その摩擦で岩が完全に砂つぶになり、それも消滅するまでの時間です。

天女の袖が岩を削るわけですから、天女の袖というのは相当に強力な素材でできているということになります。

ゴアテックスどころの話ではありません。

ナノカーボン製かもしれませんよ。(笑)

曼荼羅の中心は今この瞬間のあなたの意識の核であり、同時に宇宙の中心でもあります。

少し立ち止まって、この一文をもう一度読んでみて下さい。

『あなたの中心と宇宙の中心が同じ場所にある。』

これが時空曼荼羅の根本的なメッセージです。

宇宙の地図であり、人体の地図であり、意識の地図でもある。

そして三つの地図は実は一枚だった。

一枚の地図の中に宇宙全体が収まっているとなると、それを読み解くのに一生かかります。

しかし逆に言えば、一生かけて読み解く価値のある地図が、最初からあなたの手元にあるということです。

しかも無料です。

グーグルマップのプレミアムプランより、よほど太っ腹なお話しです。

そしてこの地図には、目的地が最初から書いてあります。

あなたはすでにそこにいます。

さて、時空曼荼羅の構造がわかったところで、次の問いが出てきます。

それをどう使うのでしょうか?

地図があっても、読み方がわからなければ宝の持ち腐れです。

グーグルマップも使い方がわからなければ、ただの光る板ですよね。(笑)

カーラチャクラにはその地図の読み方が、ちゃんと用意されています。

それを『六支ヨーガ』といいます。

六つの段階を順番に歩むことで、時空曼荼羅の中心へと意識を近づけていく実践体系です。

六段階と聞いて、なんだ六段階ならすぐ終わりそうだと思った方、砂糖を入れて煮込んだ蜂蜜よりも甘いです。(笑)

この六段階は一週間で終わるようなものではありません。

人によっては一生かかります。

人によっては何回転生しても終わりません。

気長なお話しです。

ただし一歩目を踏み出すことは、あなたにでも出来ます。

第一支は『収摂』(しゅうしょう)といいます。

感覚を外から内へ引き戻すことです。

現代語で言えば、スマホを置くことです。

テレビやラジオやパソコンを消すことです。

外からやってくる全ての刺激に対して、一時的にシャッターを下ろすことです。

これが第一歩です。

これだけで大半の現代人は相当な困難を感じます。

スマホを三分置いただけで手が震える方は、まず収摂の修行から始めることをお勧めします。

冗談ではなく、本当にそこからです。

第二支は『静慮』(じょうりょ)といいます。

心を一点に集中させることです。

一分間だけ何も考えないでいようとしてみて下さい。

おそらく十秒以内に何か余計なことを考え始めます。

昨日言い忘れたこととか、明日の予定とか、なぜか突然甦る十年前の恥ずかしい記憶とか。

もちろんエッチなこともです。(笑)

人間の心というのは放っておくと勝手に動き回ります。

飼い主のいない犬のように、あちこち走り回ります。

静慮とはその犬を一点に座らせることです。

言うのは簡単ですが、やってみると犬はなかなか座ってくれません。
(おすわり!笑)

第三支は『調息』(ちょうそく)といいます。

プラーナ、つまり生命エネルギーの流れを制御して、中央脈管へと導くことです。

中央脈管とは背骨に沿って走る主要な気の通り道のことです。

ここにプラーナが流れ込むと、体内のエネルギーが安定して、余計な感情の波が静まるとされています。

この段階で体が温かくなったり、内側に光を感じたりする体験が起きることがあります。

瞑想中に光を見たという話を聞いて、怪しいと思う方もいるかもしれません。

しかし現代の神経科学でも、深い瞑想状態では脳の視覚野が活性化することが観察されています。

目を閉じているのに光が見える、というのは脳科学的にもあり得る話です。

怪しくありません。

少なくとも、歩きスマホより危険ではありません。(笑)

第四支は『執持』(しゅうじ)といいます。

プラーナを特定のチャクラに留めることです。

これはもう完全に達人の領域です。

気功の世界でも似た概念がありますが、意識的にエネルギーを体内の特定の場所に集めて保持するというのは、相当な修練が必要です。

第一支のスマホを置くことさえ難しい我々にとっては、まだまだずっと先のお話しです。

焦らず参りましょう。

第五支は『随念』(ずいねん)といいます。

この段階で、頭頂に宿る白滴と、おへその下に宿る赤滴が統合され始めます。

白滴と赤滴とは何かというと、意識の核を構成する二つのエネルギーの滴(しずく)です。

この二つが統合されると『不壊滴』(ふえしずく)と呼ばれる意識の種が顕現(けんげん)します。

不壊滴とは文字通り、死んでも壊れない意識の核です。

輪廻を超えて持ち越される魂の種とも言えます。

この段階に達した修行者は、夢の中でも完全に覚醒した状態を保てるようになるとされています。

『明晰夢』(めいせきむ)、英語でルシッド・ドリーミング(lucid dreaming)の極致です。

夢の中で『これは夢だ』と気づきながら自在に動ける状態です。

夢の中でも修行ができるとなると、一日二十四時間修行できることになります。

睡眠時間も無駄にしない。

なかなかの効率主義です。(笑)

第六支は『三昧』(さんまい)といいます。

全ての二元性が溶ける段階です。

主体と客体、自分と宇宙、時間と永遠、生と死、そういった全ての区分が消滅して根本光明と呼ばれる状態に入ります。

根本光明とは何かというと、言葉で説明することが原理的に困難な状態です。

なぜなら言葉というもの自体が二元性の産物だからです。

言葉は必ず何かと何かを区別することで意味を持ちます。

その区別が全部消えた状態を、区別によって成り立っている言語で表現しようとすると、どうしても矛盾が生じます。

だから古来の聖者たちは根本光明を詩や比喩で表現してきました。

『虚空のようだ』とか『光そのものだ』とか『何もないが何もないわけでもない』とか。

これを聞いて『わかった』となれる人は、すでにわかっている人です。

わからない人は、まずスマホを置くことから始めましょう。(笑)

六支ヨーガを完成させた修行者は、死の瞬間を意識的に迎えることができるとされています。

水木しげるの描いたマンガ『悪魔くん』には『死ぬことの出来る男』という人物の話題が出てまいりますが、それがまさしくこれなのです。

死の瞬間に根本光明を認識し『中有』(ちゅうう)と呼ばれる死後の状態で曼荼羅を自ら構築し、次の生まれ変わり先を自分で選ぶことができます。

死をコントロールできるようになるわけです。

終活という概念が根本から覆(くつがえ)ります。

エンディングノートに書く内容が根本から変わります。(笑)

六支ヨーガとはつまり、時空曼荼羅という地図を、自分の意識と身体を使って実際に歩く旅です。

地図を眺めているだけでは旅にはなりません。

一歩踏み出すことで、地図は初めて生きた道になります。

そしてその道の果てに何があるかというと、冒頭でお伝えしたことに戻ります。

あなたの中心と宇宙の中心が、同じ場所にある。

六支ヨーガとはその一点に、一歩ずつ近づいていく旅です。

目的地はすでにわかっています。

あなたはすでにそこにいます。

あとは気づくだけです。

気づくのに、あと何生かかるかは、個人差がありますけどねー!
(気の長いお話しだな!笑)



↑もう一度、カーラ・チャクラ曼荼羅