東京電力福島第一原子力発電所6号機のそばに、祖父母の家、お墓、土地があります。以前、その土地のことで環境省が交渉にやってきました。父にとっては故郷を手ばなすという意味です。私にとっても祖父母の家なので、子供の頃から正月と盆には行ってた思い出の場所です。その土地は、中間貯蔵施設の焼却場になる予定だそうです。除せんすれば帰れる人もいれば、そうでない人もいる、ということを知ってほしいです。
原子力発電所ができる前は、塩田でした。その前は、旧日本軍の特攻隊の訓練基地「磐城飛行場」でした。当時は秘密にされていたため、知ってる人はあまりいません。旧日本軍が飛行場を作ったせいで、終戦直前の昭和20年8月9日、双葉町と大熊町はアメリカ軍からの空襲にあいました。磐城飛行場は壊滅。祖父母の家も爆撃され、家畜(牛や馬)も焼かれてしまいました。祖母と伯父や伯母たちは、近くの山へ逃げたので助かりましたが。
旧日本軍も、東京電力も、国策です。福島県の大熊町と双葉町は、国策の犠牲になってきたと言っても過言ではないと思います。
