『fake』




「おじゃましまーす。」

合鍵を使ってドアを開けるとひんやりとした空気と夕闇に包まれた部屋を見渡して、思わずため息をついてしまった

ここ数日

登下校の時も放課後も、彼とすれ違ってばかりでなかなかゆっくり会えずにいたのだけれど


『明日は早く帰るから』
 

ゆうべ電話で伝えてくれた言葉を信じてアパートに差し入れを持って来たものの、部屋の主が帰って来る気配は全然なくて

「忙しいんだもん、仕方ないよね。」

大人しく部屋で待つことにして、相変わらず殺風景な和室に腰を下ろした瞬間

「なんだろう?」

テーブルの下に無造作に置かれたスポーツ雑誌が目に入った

あまり本や雑誌の類を買うことがない彼が持っているってことは、たぶん

「あっ、やっぱりボクシング。」

思った通り、巻頭にフェザー級の新チャンピオンの特集が組まれているやつで

将来、彼もチャンピオンになったらこんな風に雑誌に載ったりするのかしら

そんなことを考えながら、暇つぶしにパラパラと誌面をめくっていると

「!」

そこだけ何度も開かれたのか、折り跡がしっかりついているページで指が止まった

「これって、フィギュアスケート?」

そこには、氷の上で舞っている異国の少女の写真が見開きいっぱいに載っていて

まるで春の妖精のように、可憐な花が散りばめられた純白の衣装をまとって微笑んでいるその少女は

瞳の色こそエメラルドグリーンだけれど、躍動感のある動きに合わせて揺れている長い黒髪や目鼻立ちがどことなく

「わたしに…似てる?」

その時

「悪い、遅くなった。」

玄関のドアが開くと同時に彼の声がして、慌てて雑誌を元の場所に戻した

「お、おかえりなさい。お腹空いたでしょ?ご飯すぐに温め直すね。」

でも

他愛もない話をしながらふたりで食事をして、後片付けを終えたところで

さっき見た少女の写真が気になって、ついテーブルの下の雑誌に視線がいってしまい

「どうかしたのか?」

当然、彼に気づかれてしまう

「えっと、その。」

誤魔化すのなんて絶対無理だとわかっているから、素直に雑誌を手に取り例のページを開いて見せて

「…似てる、かな?」

小さな声で恐る恐る聞いてみたら、向こうはもっと小さな声で

「少し。」

そう言ったっきり、うつむいてしまったから今度は別の意味で焦ってしまい

「やっぱりそうだよね?ちょっとだけ似てるかなぁって思ったの。あっ、もちろんわたしはこんなに綺麗じゃないんだけど。」

精一杯明るく笑ってそう言うと、彼の表情もふっと和らいだ

「ばーか、おまえの方が…」

「わ、わたしの方がなに?」

続きを期待して聞いたのに

「鼻が低い。」
 
「へっ?」

そりゃあ、自分でもこんなに整った顔はしてないってわかってるけど

「ひどい。」

「じゃなくて…」

次の瞬間伸ばされた大きな手に腕を掴まれ、温かい胸の中に抱きしめられた

「嫌な気持ちにさせたなら、ごめん。」

それって

あの写真を見てわたしを思い出してくれてたことについて、謝ってる?

「う、ううん。むしろこんなに綺麗な子に似てるって思ってくれたなんて、すごく嬉しい。」

「だから、そうじゃなくて…」

頬に寄せられた唇は躊躇いがちに耳朶を甘噛みしながら、偽物じゃないかと疑うような言葉を優しく囁いた


「おまえの方がずっとキレイだし、どんなに似てても本物には敵わねぇよ。」




fin




※とあるイラスト(ときめきトゥナイト展関係のやつです)を見てあまりにも素敵だったので、コレで何か書きたいなぁって思ってちょっとやってみました。(どのイラストかわかった方は凄い💕)
ただ、めちゃくちゃ難しかった笑い泣き
しかも、イラストの良さをひとつも生かせてないのが辛いところです泣
今年は更新がゆっくりになると思うので、気長にお待ちいただけると嬉しいです照れ  にあ