『cool』
「毎日暑いね」
夏休み最後の授業を終えた帰り道
夕方近くになっても容赦なく照りつける日差しの強さに、いつもは元気な彼女もさすがにぐったりとした様子だったが
「ねぇ、どこか涼しい所に行きたいと思わない?」
楽しそうにこっちを見上げたあどけない表情に嫌な予感がした
「…例えば?」
「えっとね、JALパックの扉を使ってアラスカとか南極とか」
「南極なんか行ってどうすんだよ」
死にたいのか、と言いたくなるのを堪えて小さなため息をつくと
「えっとね、ペンギンと遊べたら楽しいかなぁって」
「……」
「やっぱり、ダメ?」
「遠慮しとく」
彼女のこの無邪気さというのは生まれ持ったものなのか、中学2年まで家の中だけで穏やかな生活をしていたせいなのかは分からないが
「大人しくうちでアイスでも食べて涼んでろ」
「はーい」
変なところで行動力があるため、きちんと釘を刺しておかないと後で冷や汗をかくことになりかねない
そんなやりとりをした数日後
「おかえりなさい」
日曜日ということもあり、日が落ちる前にバイトから戻ると
「ただい…」
アパートの部屋に来ていた彼女が氷まみれのペンギンと戯れていた
「見て見て、いいでしょう?」
「どっから持って来たんだよ、そんなもん」
ペンギンの形をした『かき氷機』のハンドルを必死に回している彼女の手元には、すでにボウルいっぱいのかき氷が出来上がっている
「小さい頃にお父さんが買ってくれて、弟と良く作ってたの思い出したの」
「だからって、ここまで持って来るのは大変だっただろ?」
俺の問いかけには答えることなく
「できたっ!シロップはイチゴしかないんだけどかけてもいい?」
にっこり笑った彼女が差し出したガラスの器には、涼し気な氷がキラキラと輝き食欲をそそるものの
「いや、俺は…」
試合に向けて数日前から減量を始めているため
「悪いけど、シロップ抜きの氷を少しだけもらうよ」
「そう…だよね」
彼女もそれは承知の上だったようで、シロップのかかっていない氷を手渡してくれながら
「ごめんね、減量中って知ってたけど…かき氷なら大丈夫かなって思っちゃって」
申し訳なさそうにうつむいたその内心は、思考を読むまでもなくちゃんと分かっている
アラスカも南極もペンギンも、連日の暑さの中でトレーニングやバイトをこなしながら減量期間に入った俺の体調を気遣って言い出したことで
この手作りのかき氷も少しでも暑さを和らげるために一生懸命考えてくれたからに違いなく
「俺のことは気にしなくていいから、おまえは好きなだけ食べろよ。せっかく作ったんだから」
優しく頭を撫でてやると
ようやくほっとした笑顔を見せた彼女と食べたかき氷は、見た目以上にひんやりとしていて
「美味い」
「ほんとに?味がしなくても?」
「まぁ、正直に言えばちょっと物足りないけどな」
「じゃあ」
小さな食卓を挟んで向かいに座っていた彼女がおもむろに隣に移動してきたかと思ったら
「イチゴの香りだけで我慢してね」
肩に手を置き触れるだけの口づけをして、照れくさそうに体を離した
「……」
ただでさえ飢えているというのに
「我慢できるわけねぇだろう」
「えっ?」
抱きよせた柔らかい体を腕の中にきつく閉じ込め、シロップのせいでいつにも増して甘い唇と舌を味わっていると
「待って、ペンギンが見てる」
「はあ?」
かき氷機をひっくり返してペンギンの視線から逃れようとした彼女に呆れながらも再び唇を重ねているうちに
かき氷で冷やしたはずの体温はあっという間に上がっていった
fin