『hydrangea 1』
「さっさと決めろよ」
「ちょっと待って、目移りしちゃって選べないの」
日曜日の午後
短い買い物デートの最後に立ち寄ったアイスクリームショップは
「先週オープンしたばっかりなんだって。春休みに通りかかった時は古い喫茶店だったよね?」
駅前の大通りは変化が激しく、しばらく来ないうちに驚くほど新しいビルや店舗が増えていた
「いいから、どのアイスにするのかさっさと決めろって」
「えーっと、ちょっと待って」
目の前のショーケースに並ぶ色とりどりのフレーバーに目を輝かせている彼女を急かす理由は、若い女の客ばかりの店内に言いようのない居心地の悪さを感じたからで
「やっぱり悩んだ時はこれだよね?」
結局、何の変哲もない普通のバニラアイスを手にした彼女と公園のベンチに座ってほっとした時、すぐそばの花壇に咲いている濃い紫の花が目に入った
「もうすぐ梅雨か…」
「えっ、なあに?」
「なんでもねぇよ、おまえは花より団子だろ」
アイスを美味しそうに食べている可愛い恋人に軽口を叩いた、ただそれだけのことだったのに
「…わたしって、やっぱり子供っぽい?」
さっきまでの楽しそうな様子から一転、落ち込んだような声で聞かれて驚いた
「先週、久しぶりに会った中学の同級生にも『全然変わらないね』って言われたから」
まぁ、変わらないっちゃ変わらないよな
艶やかな長い黒髪も、いつもニコニコと明るい笑顔も、お節介で誰にでも優しい性格も初めて出会った中学のころと同じように周囲の人間を魅了している
「それがどうした?良かったじゃねぇか、褒め言葉だろ」
「そう、だよね」
どこか歯切れの悪い答えに戸惑っていると
「あっ!紫陽花の花言葉って知ってる?」
花壇の花に気がついたのか、突然立ち上がった彼女が紫陽花の葉を指で弾いた
「知るわけねぇだろ」
「そんなに威張って言わなくても…あのね、移り気とか心変わりとかそういうのだったと思うんだけど」
「花言葉なんてどっかの暇人が勝手に決めたもんは覚えられるのに、なんで英単語や数学の公式はすぐ忘れちまうんだよ?」
人のことを言えた義理ではないが
「もう、それとこれとは…」
「さっきからなんなんだ?アイスが溶けちまうぞ」
こっちは彼女の手にまだ半分以上残っているアイスが気になって仕方ない
「その…友達がね、最近まで付き合ってた彼氏に浮気されて振られちゃったんだって」
なんだ、それ?
「浮気されたから振った、の間違いじゃないのか?」
「って思うでしょ?なんかね、浮気したのは友達に飽きちゃったからだ…って開き直られたんだって」
「ふーん、で?」
他人の恋愛話なんて花言葉以上に興味が沸かねぇ
「ひどい彼氏だなぁって思ったんだけど、友達は飽きられた自分も悪いなんて言って無理して笑うから…どんな顔したらいいのか分かんなくて」
とりあえず
「えっ?ちょっ…」
本格的に溶け始めているバニラアイスを彼女の手から取り上げてかぶりついた
continue(次回に続きます)↓