『cherish 8』
「あのっ、えっと…」
「何だよ?来たかったんだろう…俺の部屋に。」
玄関で座り込んでしまった彼女の靴を脱がせて抱きかかえ、部屋の中へと静かに降ろす
少し震えているように見える肩を抱いて再び唇を重ねようとして、彼女の胸元に光る小さな星が目に入った
昼間、これが見つかったことで大泣きしていた彼女につけてやったペンダント
元はと言えば俺が人間だった最後の日に彼女に渡したクリスマスプレゼントだ
今になって思えば中学生だった俺がつきあっていたわけでもない女にアクセサリーを贈るなんて大胆なことが良く出来たものだと我ながら呆れてしまう
いったいあの時の俺は何を考えていたのだろうか
きっと
愛とか恋とかそんな言葉で片付けられるような感情ではなく
とても大切な、失いたくない存在になっていたんだろう
そして今も
だとしたら
「…どうしたの?」
どう考えてもキスをされる状況でお預けを食ってしまった彼女が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる
「いや…腹減ったなって思って。」
「えっ!?」
ふたりで顔を見合わせしばらくすると
久しぶりに彼女が満面の笑みを見せて俺の胸を軽く叩いた
「もう!」
「大した材料は無いけど、一緒に夕飯作るの手伝ってくれるか?」
「いいよ、ちゃんとエプロンも持って来たんだから。」
「ははっ…」
今度は俺が、いろんな意味でほっとして笑った。
結局
あり合わせの物で作ったチャーハンをふたりで食べて彼女を家に送り
「今日はほんとにありが…」
門の前で『ありがとう』と紡ぐはずだった彼女の唇を人差し指で塞ぎ、続きは俺が言うことにした
「今日は楽しかった、サンキュー。」
こんな風に素直になれるのは観覧車での幻想的な情景がまだ瞼に焼き付いているからだろう
そうだ
観覧車といえば
俺たちがゴンドラから消えたのに気づいた係員は驚いたんじゃないだろうか
たぶん、驚いた…だろうな
fin