『calendar girl』
「ただいま」
一人暮らしのアパートに帰ってこの言葉を口にするのは言わずもがな彼女が合鍵で部屋を訪れている時だけだ
「おかえりなさい」
平日の夜に差し入れを持って来てもらうのは申し訳ないと思いつつも、ジムとバイトを終えて帰宅し優しい笑顔を見るとほっとするのもまた正直な気持ちで
「ねぇ、ちょっとだけお願いがあって…」
夕食を食べ終わる頃、彼女が紙袋から何か薄っぺらい物を取り出しながら隣に座った
「これ、来年のカレンダーなんだけどこの部屋の壁に掛けてもいい?」
「来年?いくらなんでも気が早過ぎるだろう…まだ9月だぜ」
「もちろん、掛けるのは来年になってからでいいから。学校の帰りに寄った書店で可愛いの見つけちゃって、つい」
「それにしたって…」
彼女からカレンダーを受け取りめくって見ると、子猫のイラストが描かれた確かに可愛いらしいカレンダーで
「気に入って買ったんなら、おまえの部屋で使えばいいだろう」
可愛いらしすぎる絵柄が男の一人暮らしの部屋には不釣り合いな気がしてそう言うと
「好きなのかなぁって思ったから、猫が」
「俺が?」
「だってボクサーの名前を付けた猫を可愛いがってたし」
「ボクサーじゃなくてボクシング映画の主人公の名前な」
そういや最近アイツの姿を見かけていないが元気にしてるのだろうか
「やっぱり、ダメ…かな?」
上目遣いに俺の顔色を伺うような表情で彼女がつぶやいた
「ダメってわけじゃないけど」
こんなに来年のカレンダーをこの部屋に置きたがる彼女の真意を計りかね
「えっ?」
隣に座っていた華奢な体を抱き寄せ漆黒の髪を撫でながら彼女の考えていることを力を使って探ってみようとした時
「あっ、あの…違うの。読まないで、話すから」
逆にこっちの考えてることを読まれてしまった
「どういうことだよ?」
「えっと、大したことじゃないんだけど…」
「だからなんだよ?」
「その、来年もこの部屋にわたしが来てもいいのかなぁって」
「は?」
彼女が発した言葉を頭の中で何度も繰り返し再生し、しばらく考えてようやく…そしてなんとなくだがその意味するところがわかった気がした
ごく一般的な高校生のカップルだったら3か月後にどうなっているかなんて分からない、つまり別れていても何の不思議もないだろう
もちろん俺たちにはそんな心配は全く当てはまらないのだが
たぶん、これはきっと
「願掛け…のつもりなのか?来年も一緒にいられるように」
彼女は照れているような泣いているような複雑な表情で小さく頷いて俺の胸に顔を埋めた
「ったく、よく次から次へとくだらねぇことを思いつくな」
「じゃあ、いいの?」
この流れでダメだと言える男がいたら今すぐ連れてきて欲しい
「仕方ねぇから、な」
「仕方ないって…あっ!もしかして水着の女の子のカレンダーとかの方が良かったとか?」
「ばっ、んなわけねーだろ!」
「ほんとに?」
さっきまでとは打って変わって俺のことをからかうような悪戯っぽい笑顔で笑う彼女はまさに毎日くるくると表情が変わる日めくりカレンダーのようだ
そんなことを思いながら再び彼女を腕の中に閉じ込め細い首筋に唇を押し当てた時
窓の外から聞き覚えのある野良猫の鳴き声が聞こえた気がした
fin