『addict』




「珍しいね、図書室に来るなんて」



背の高い本棚の森の中で彼を見つけて声をかけると


「…っくりした、いたのかよ」


思ったよりずっと驚いた顔で振り向かれ、わたしの方がびっくりした


「担任に授業で使った資料返して来いって頼まれたんだよ。俺がいちばん力があるって理由で」


たしかに、彼は両手に歴史だか地理だかの重たそうな本をたくさん抱えている


「にしても、俺がいるの良くわかったな」


持って来た本をおそらく適当に棚に戻しながら不思議そうに彼が聞いた


「足音でわかったの」


「足音?」


「これでも狼女の娘だもん。結構耳はいいんだよ」


そう、わたしはどちらかと言えば吸血鬼のお父さんの血を強く引いているけど狼女のお母さんの血も入っているわけで


わたしがそう答えた瞬間、彼は慌ててわたしの口を手で塞いだ


「デカい声で言うな、バカ」


あっ、そっか


でも


授業の合間のわずか10分の休み時間に図書室を利用する生徒は少なく、近くに人の気配はしない



そんなことより



いつもと違うシチュエーションで彼に触れられちょっとドキッとしてしまった


彼はそんなわたしの様子には気がついていないみたいで

 

「おまえこそ、なんでこんなとこにいるんだよ」


「前から気になってた小説を借りに来たの、わたしだって本くらい読むんだから」


「どーせ恋愛小説の類いだろ?」


「そう…だけど」


彼の鋭い指摘に昨日のクラスメートとのやり取りを思い出した


放課後に誰かが持っていたファッション雑誌に載っていた心理テストで盛り上がっていて


いくつかの質問に答えて恋愛依存度を判定するってやつだったのだけれど



案の定



わたしの結果は恋愛依存度100%で、その場にいたみんなに「やっぱりねー」って言われてしまった


もちろん、自分でも自覚している


わたしは24時間、365日彼のことばかり考えていて恋愛…というより彼に100%依存してるんじゃないかってことは


さっきの足音のことだって、いつからか『彼の足音』だけを聞き分けられるようになってしまったからに過ぎなくて


やっぱり少しおかしいのかな


わたしが考え事をしてる間に本を戻し終わった彼にポンっと頭を叩かれ我に返った


「ほらっ、そろそろ授業が始まるぞ」


「あっ、うん」


もうすでに、わたしたちしかいないらしい図書室は静まり返っていて


足早に入口に向かう彼を慌てて追いかけようとしてワックスの良く効いた床で滑って転んでしまった


「ったぁ…」


「なにやってんだよ」


わたしの元へ戻って差し伸べられた大きな手に


「だ、大丈夫…ひとりで立てるから」


いつもいつもこんな風に失敗ばかりして助けてもらうのも、何だか彼に依存してるような気がして一瞬ためらってしまったら


「いいかげんにしろ」


両脇を抱えるようにして起こされて、彼の胸に顔を押し付けられた


「えっ…」


「どうした?いつもと違う場所だと興奮するって?」


うっ、やっぱり読まれてた


「仕方ねぇだろ、俺もたいがい中毒になってるんだから」


「それって…」


なんの?って聞こうとした唇は触れるだけの口づけで塞がれて


「さっさと教室に行くぞ」


照れてる顔を背けるようにわたしの手を引いて図書室を後にしながら


「授業中だけは勉強に集中してろ、赤点を俺のせいにされたくねぇからな」


掠れた声でつぶやいた彼の言葉を裏返すと


『授業中以外は俺のことだけ考えてろ』ってことでいいのかな?



いいんだよね



後で訂正しても遅いんだから





fin