『bubble 5』




バイトから帰って数分もしないうちにアパートのドアを小さくノックする音がした。


「こんばんは。」


鍵を開けると遠慮がちに部屋に入って来た彼女にとりあえず言うべき事が俺にはあった。


「勝手な事をして…悪かった。」


彼女は黙ったままテーブルの上に大事そうに抱えていた箱を置くと、いきなり俺に抱きついてきた。


「おいっ、何かあったのか?」


彼女はやはり声は出さずに俺の胸に顔を埋めたまま首を横に振るだけだった。


「…」


仕方なくそっと抱きしめて長い髪に指を絡め、彼女が口を開いてくれるのを待っていると。


「嬉しかったの…すごく。」


ようやく彼女がこぼした言葉の意味が分からないほど馬鹿ではない。


だが、やはり彼女の口からはっきり聞きたいと思ってしまった。


「何が?」


「鈴木君に会いに行ってくれて。」


「余計な事してほんとに悪かった。でも、いいやつだな…あいつ。」


あの日の夜、彼女の話を手がかりにして探し出した店から現れたのは確かに優しそうな優等生といった感じの男子生徒で。


彼女と俺の関係は知っているらしく少し怯えたような顔をしたのでマズイと思い、出来るだけ低姿勢でこちらの望みを伝えると。


『そうだよね、やっぱり誘っちゃダメだったよね。彼女のこと気になってたんだけど諦めるよ、嫌な思いさせてごめん。』


驚くほどあっさりと引き下がってくれた。


「そうだったの。」


「おまえにも『困らせてごめん』って言っといてくれって。」


「うん、直接聞いた。わたしもあの日の夜にお断りの電話をしたの…だから。」


「は?」


どういうことだよ?行きたかったわけじゃないのか?


「ごめんね、正直に言うと止めて欲しかったのかも…っていうより。」


彼女は再び俺にしがみくと今にも消え入りそうな声で呟いた。


「ちょっとだけ、やきもちを焼いてもらいたかっ…」


それから


どれくらいの時間が経ったのか。


彼女の言葉を遮るように口づけをしたところまでは覚えている。


気がつくと畳の上に組み敷かれた彼女がうわごとのように俺の名を繰り返していた。

 



continue(次回に続きます)↓