『love game 8』





彼女の誕生日当日


「おはよう」


呼び鈴を鳴らすこともなく時間ぴったりに家の中から彼女が現れた


「ああ、おはよう」


淡いピンクのワンピースに真っ白なレースのカーディガンを羽織った彼女の姿の可愛いらしさに、しばらく言葉が出ずに見とれていると


「あの、今日って?」


彼女が遠慮がちに下から覗き込むように尋ねてきた


「誕生日だろ」


「う、うん」


「一日一緒に過ごすっていうのはプレゼントとしてあり?」


答える代わりに両手で顔を覆って泣きはじめた彼女を泣き止ませるところから始まったデートの最初の目的地は


「水族館?」


「…の前に悪いけどちょっとだけバイト先に寄ってもいいか?」


「バイト先ってレンタカーの?」


「ああ、来月のシフトを確認するの忘れちまって。」


と言うのは口実で


「お疲れ様です」


受付を兼ねた事務所に入ると例のうっとうしい男性社員がひとりでいた


「あれっ、今日は休みじゃなかったっけ?」


「ええ、来月のシフト表を確認したくて」


「それだったら確かここに、ほらっ…ってあれっ?」


引き出しから取り出した紙を差し出した時にようやく俺の後ろに立っている彼女に気がついたらしい


「お客様?」


「いえ、俺の彼女です。これから一緒に出掛けるんで」


「あっ、そうなんだ」


彼女のことを上から下まで何度も見つめ直す表情は驚きを隠せず


その日から二度と女との食事会に誘われることは無くなった


「良かったの?バイト先であんな風にわたしのこと」


困惑したような、照れたような顔で彼女に聞かれたが


「ああ、おかげで助かった」


むしろ、そのために連れて来たとは言えるわけがない


「えっ?」


「なんでもねぇよ、さっさと行くぞ」


電車を乗り継いで海が目の前に広がる駅の改札を出ると、潮風の匂いとイルカの描かれた大きな看板に迎えられた


平日とはいえ夏休みの水族館は家族連れでごった返していたが、涼しい館内で普段見ることのない海の生き物を前に彼女は子供のようにはしゃいで歩き回り


「こら、人が多いんだから迷子になるぞ」


さりげなく手をつなぐと急に大人しくなり


「あの、聞いてもいい?」


「子猫のことだろ」


「子猫って?」


一昨日ジムの前で久しぶりに会った彼女の様子がおかしかった理由


あの後、ジムの先輩が余計なことを彼女に吹き込んだせいだと分かったものの


べつに後ろめたいことをしていた訳でもないから聞かれるまで放っといて大丈夫だろうと思っていたが


事情を話すと思っていたのと少し違う反応を見せた


「だったら、言ってくれればうちで飼ってあげたのに」


「おまえんちにはオウムがいるから猫は無理だろ」


「あっ、そうか。でも…」


「なんだよ?」


「わたしも何か役に立てたら良かったのになぁって思って」


心なしか曇った表情は、自分の知らない俺の日常があることに対する寂しさだろうか


「べつにおまえの手をわずらせるような事じゃなかったってだけだ。ほらっ、屋外プールでイルカのショーが始まるぞ」


「うん」


しっかりとつなぎ直した手は水族館を出るまで解くことなかった




continue(次回に続きます)↓