『flower』
バイトからの帰り道、閉店作業をしている花屋の前で
「ねぇ、お兄さんこれ持ってかない?安くしとくよ」
店主らしき初老の男に声をかけられ、振り向くとその手には色鮮やかな花束が
「いや、俺は…」
断って通り過ぎようとすると
「実はさ、予約の日にちを1週間間違えて作っちまってさ。処分するのももったいないから500円でいいよ。」
一瞬、アパートの部屋で待っている彼女の笑顔が頭に浮かんだのが運の尽き
何の記念日でもない日に花束を持って帰る羽目になってしまった
「ただいま。」
玄関を開けるとすでに合鍵で部屋に入っていた彼女が夕飯の支度を終えて待っていた
「あっ、お帰りなさい。お腹空いたでしょう?ご飯出来てるよ。あれっ…」
出向かえた彼女が花束に気がついて案の定驚いた顔をしている
「あー、これ良かったらやるよ。」
「えっ?わたしに?今日って何の日だっけ?」
「いや、それが…」
俺が正直に事の顛末を話すと彼女はにっこり笑って
「そうだったんだ。嬉しい、ありがとう。うちに持って帰ってちゃんと活けるね。」
そう言って大事そうに花束を受けとった。
「別に…安かったし、おまえのために作ってもらった物じゃなくてごめん。」
「ううん、それでもわたしに花束くれるの初めてでしょう?ある意味今日が記念日になるかも。」
「そんな大袈裟な…」
そうだ
今まで彼女にアクセサリーをプレゼントした事はあったが花を渡すのは初めてだ
女にとって恋人から花束をもらうというのは特別な思いがあるのかもしれない
いや、あるに決まってる
かつて恋のライバルだった奴らだったらこんな風に成り行きで適当な物を渡したりせず、それなりのシチュエーションで気持ちのこもった花束を渡すだろう
その事に気づいて申し訳なくなり、黙りこんだ俺の様子を見て今度は彼女が慌ててしまう
「えっ…ごめんなさい、わたし何か余計な事言っちゃた?違うの、ほんとにほんとに嬉しかったの。」
そう言って花束を抱いたまま、俺の胸にもたれかかった彼女の頬にそっと手をあて
『こっちこそ、ごめん。』
心の中でそうつぶやいて、せっかくの夕食が冷めて行くのも忘れ唇を重ねた
fin