『プロローグ 5』



彼女の反応を見る限り、どうやら俺の勘違いだったらしい浴衣の一件といい

年に1度の特別な夜でさえ

上手く言葉にできない感情を胸の奥に抱えたまま、とりすましているだけの不器用な男なんて

「…かっこいいわけないだろ」

「えっ?なにか言った?」 

上目遣いに見上げた恋人の瞳に映る俺は、迷子の子どものように不安気な表情をしているに違いない

「20歳にもなって迷子なるなよって言ったんだ、人が多いから見失わないようにしろよ」

「こんなにかっこいい人、世界にひとりしかいないんだから見失ったりしません」

「大きな声で恥ずかしいことを言うな」

数日ぶりに会った瞬間から俺の浴衣姿を褒め続けている彼女の気を逸らそうと

「腹減ってんだろ?誕生日だし、なんでも奢ってやるよ」

たくさんの出店で賑わう公園内を歩き始めた瞬間、彼女は再び素っ頓狂な声をあげた

「覚えてたの!?わたしの誕生日」

「はあ?」

俺の恋人としてのハードルはどれだけ低いのか、もはや考えたくもなかったが

「誕生日だから、誘ったんじゃないのか?」

まさかとは思うが、これも違うのか?

「ううん、こういうお祭りに1度でいいから来てみたいなぁって思ってて…誕生日は偶然っていうか、たまたま?」

「…」

よく考えたら

彼女は中学に通い始めるまで、ほとんど家から出たことがなかったんだった

だとしたら

「とりあえず片っ端から全部やって行くか、まずは腹ごしらえな」

「うん!」

かき氷やホットスナック、輪投げや射的で手に入れた景品を持つと必然的に手はつなげなくなってしまったが

「なんだよ?」

浴衣の袖が触れ合う新鮮な感触を楽しんでいると、ふいに視線がぶつかってドキリとする

   
「んーと、やっぱりすごくかっこいいなぁって」

「俺をからかうのがそんなに面白いか?」

「からかってなんかないってば」

涼しげな色合いの浴衣を身にまとい、緩くウェーブをきかせた髪をひとつにまとめた艶やかな彼女の姿に魅了され

「ったく、こっちの気も知らねぇで…」

どうにかなりそうなくらい胸が高なっているのは、間違いなく俺の方だった



※次回に続きます