大分豊後ぶんぶんだより③とく子さん、あるいは神聖なる作品    

 

 

いよいよ、子どもたちの夏休みがはじまります。

よかったね、子どもたち。

しかし、夏休みには多くの宿題があり、その一環として、自由研究というレポートや図画工作など、

なんらかの作品をつくらなければなりません。

たいへんですね、子どもたち。

 

美術館や博物館が好きなのですが、うっかりお盆過ぎの博物館に入ったりすると、

ここで宿題の取材をしようとするおおぜいの子どもたちと行列しなければならず、難儀をします。

とにかく何か提出しなくてはいけない!とあせったとき、ここなら確実にレポートのもとを作ることができるからでしょうね。

もしかすると「ミュージアムに行く」ということ自体が宿題なのかもしれません。

かりに宿題に追われて仕方なく、なのだとしても、こどもたちがなにかの博物館や美術館に行くのはとてもいいことです。

ゆっくり館内を散策したい年寄りのわたしは、なるべくお盆前の、

子どもたちがまだ焦りを感じていないうちに出かけていくことにしましょう。

 

これは小学校の夏休みの思い出です。

わたしたちが通っていたのは戦前に建てられた古い木造の校舎でした。

理科室の標本には戦前の古いものがたくさんあって、大きな脚の長いカニの標本台には横書きで

「ニガシアカタ」なんて書かれていました。

教室の後ろのロッカーは傷んだところを何かの看板らしきものの廃材で直してあり、

そこには赤いペンキで「空襲警報発令中」なんて書いてあったものです。

 

いま、子どもたちが夏休みの作品を作らねばならないように、昔の子どもであるわたしたちも作らねばなりませんでした。

作品は子どもが作るものですから、お金をかけずに創意工夫することが望ましいとされます。

ほんとうは、夏休みに思いっきり遊んだ、そのことが作品であってもいいような・・・。

庄野潤三の自薦随筆集『子供の盗賊』(牧羊社 1984年)に「宿題」という、夏休みの作品を描いたすてきな小品があります。

その中に出てくる「あぶらぜみのなかま」がとてもかわいいので古書店か図書館などで探して、ぜひお読みください。

 

夏休みの前に、先生は念を押します。

「作品は、なにか材料を買って作ったりしなくていいのですよ。おうちにあるもの、空き箱とか、空きビンとかいらなくなったものを利用して貯金箱を作るとか、古着で手提げ袋を作るとか、くふうしてくださいね。」

そうやってできた作品は、一生懸命まじめに作られたものがほとんどでしたが、中には明らかに苦し紛れの手抜き作品もありました。

しかし、さらしを雑巾のように粗く縫って筒状にしただけの「枕カバー」や、お菓子の空き箱に硬貨を投入する穴をあけただけの「貯金箱」であれ、いったん提出して名札の紙を貼られてしまうと、それは作品展が終了するまで“作品”いう神聖不可侵の地位を確立するのでした。

 

わたしが小学生だったある夏の終わり、ひとりの少女が夏休みの作品を提出しました。

彼女の名は、仮に、とく子さんとしておきましょう。

どんな子だったか思い出そうとしても、よく覚えていないのに気づきます。

彼女を記憶したのは、まさにその作品によってだったのです。

とく子さんが提出したのは、そのころ流行っていた「モビール」という室内装飾でした。

*モビールがなんだかわからない方は、お手数ですが、いま開いているPCなどで検索して画像などもご覧ください。

みんなが息を吞んだのは、それがとく子さんの家庭で消費されたスイカの皮の大小の切れ端でできていたからでした。

夏休み最終日におうちで食べたものなのでしょうか、みずみずしくて、赤い果肉が所々に残っており、明らかに歯型とわかる痕跡もありました。

でも、大きさを調整してバランスをとってひもで吊るし、モビールの体裁をちゃんと備えているのです。

先生が「ふざけるな!」などと怒らずにこれを受理したのは、とく子さんがとてもまじめな少女だと分かっていたからでしょう。

 

作品展はクラスごとに、教室の後ろのロッカーの上に作品を並べて行われます。

スイカのモビールをどのように展示したものかと学習係が困っていると、先生が「空襲警報発令中」の

ロッカーの上、天井板の桟に釘を打って、そこにひもをかけて吊るしてくれました。

モビールは窓から吹き入る夏の風を受けて、ゆっくり、重々しく回りはじめました。

みんなの感想は「わあ…。」でした。

ほかにどんな言い方があったでしょう。

 

作品展の期間は一週間です。

翌日からさまざまな不具合がモビールに発生しました。

まず、たくさんのハエがやってきてスイカにとまり、教室の後方をぶんぶん飛び回りました。

でも、誰も、なにも言いませんでした。

なぜならそれは“作品”だからです。

やがてスイカは夏の大気の中でくさりはじめ、においはじめました。

ときどき顔を上げてにおいの方を振り向く人もいました。

でも、やはり、誰もなにも言いません。

“作品”だからです。

三日ほどたつと、スイカの一片がひもから抜け落ちてロッカーの天板の角に当たり、

くさいしぶきを最後列に座っている少年の首筋にとばしました。

彼は、うっと呻いて首をぬぐい、肩越しにモビールを恨めしそうに見やりました。

まわりの何人かが気の毒そうに彼の方を見ました。

でも、誰もなにも言いません。

“作品”ですから。

数片のスイカの皮を落下させたあと、モビールは思いきり傾いだまま、しずかに乾燥していきました。

「作品は大切におうちに持って帰ってください。」

一週間の終わりに先生がそう言うと、みんなは立ち上がってそれぞれの作品をランドセルや手提げに

入れました。

とく子さんも干からびたスイカの皮を、ていねいに新聞紙に包んで持って帰りました。

それは“作品”だったからです。

 

スイカを食べて、残った皮を眺めていると、夏の風が吹きぬける古い教室のことを思い出します。

とく子さんも、先生も、みんなも、どこへ行ったのかな。

 

 

前庭に大いなる赤きモビールの回りつつやがて昏れて行くべし

                               岡井隆『神の仕事場』

 

 

 

麻生由美

大分県出身 1978年まひる野入会

歌集『水神』(2016年/砂子屋書房)

 

 

 

スイカ

 

 

 

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7/27(金)12:00更新予定

 

お楽しみに!