一番に芽を出す野辺の藤菜とふ美味(うま)きものあり晩酌楽し   伊藤宗弘

 

怖いもの見てしまいたり紅梅の花弁一枚つれてゆく風       田村郁子

 

アルプスの峰より高き八重桜見上げて茶筅軽く振りおる   小澤光子

 

何処にて咲きし桜の花びらか町を舞いきてベランダに落つ   齋藤冨美子

 

波の音ききつつ浅き眠りなり今日は眼科の予約日である   東島光子

 

「疲れる」は生きているから震災の年に生れし子みな一年生   菊池理恵子

 

非正規の代わりに非正規やってきてこの非正規はよくため息をつく    佐巻理奈子

 

日馬富士朝青龍から逃げきれず髷を切られる夢から覚める    池田郁里

 

欲望にからだがついていけなくて牛丼大盛残してしまう     高木啓

 

穏しかる郷の野山に雨まじりの春の親爺が吹きてぞ狂う   伊藤英伸

 

完璧に計算されたカロリーのペレット食みて実験日くる     奥寺正晴

 

「ママ友」は確かな友の私たちあなたにはわからなくて結構     山田ゆき

 

三丁目の医院の角を左折するここより春の枯葉散る道     入江曜子

 

「歌舞伎町の女王」上手に歌いける女(ひと)と朝まで過ごしし新宿    久納美輝

 

食事前にお手ふきクルクル巻く仕事十一人分一日三回     八木絹

 

人混みゆ逃れてやうやく丸善に深く息吸ふ目ざす書ありて     篠田充子

 

一晩のうちにさくらを散らせたる風の狂気がはつかに掠る     狩峰隆希

 

燈灯りてやうやく人の気配せりこの冬三度の雪の日暮に  末永惠子

 

生まれては飛ばずに増える飛行機の青黄青緑特別の銀   稲葉千咲

 

AIの読解力が指摘さる他人の弱点摑みたるような      葉田直子

 

祖父母の地吾妻(あがつま)群の今は無きバス停に立ち蟬時雨きく   冨沢昌晴

 

友達に便りを書いてポストまでゆっくりあるく歩数計つけて    後藤正江

 

吹き抜けの広場の無料イベントに演歌歌手らは復活誓う      薄井一彰

 

絶版の少年文庫古書の香に混じりて煙草の匂ひをまとう     印出忠夫

 

わからない綺麗と言った紫陽花を枯れてすぐさま切り落とす人   福田夏子

 

いまさらのように届いた葉書から元気かなんて聞かれたくない    藤田美香

 

 

 

(む)