余情といふ大空間をいにしへの歌びとはことばに発見せり      橋本喜典

 

目の前に録音機あり居眠りの下手なるわれがいつも司会者     篠弘

 

一線を越えていないか鞭打ちて更に鞭打つ喘ぐ輓馬を        小林峯夫

 

小さなる光をこぼしこぼしつつあした地面にしだるる桜        大下一真

 

空閉ぢてにはかに昏き窓の外(と)をつばくろ過ぎり追ふやうに雨   島田修三

 

丸腰で歩兵の前を進むのさ工兵に長男は少なかつたな        柳宣宏

 

うきうきと蔵書印など押したるが組にくくられ苦しむごとし        中根誠

 

壁掛(タピスリ)に描かれしモリスの小鳥たち背中合はせにかなた見据ゑて     柴田典昭

 

そこよりは人を寄せずき風の日もガラスのような自意識の人      今井恵子

 

この坂を登り越えねば行きつけず生きて基盤とわがせし家に     圭木令子

 

あんたよう頑張らはったと臨終に手を握りくるロボット出で来ん    曽我玲子

 

ひとの死を耳に入れつつ生きてゆく何とさみしき難破船なる      大野景子

 

母の手の花のやうなる柔らかさ思ひだしをり母は永遠         大林明彦

 

枯れ草を運ぶ雀はしずかなりここで育ちし子等かもしれぬ      齊藤愛子

 

スマホにて言葉と写真を送り合ひ互ひの声を聞いてゐるつもり    相原ひろ子

 

 

 

ハードルを跳び越すうつくしき速度少女は脚をぱっとひらいて    広坂早苗

 

寂しいよと先に言われてしまいたり心ほどけて聴く耳になる      市川正子

 

そんな働き方なんかせんでいいまひるの風に翩翩(ひらひら)とゆく    麻生由美

 

  

お湯を飲むしょうが湯を飲むかんぴょうで縛られているような大腸     山川藍

 

母親と来られぬ太郎を抱き上げてぐるぐる回る雲になるまで      大谷宥秀

 

その辺のぼっこ拾って線を引くわたしに触れるなもう眠りたい      小原和

 

地の果て(シリエトク)という響きに恍惚とならないほうが嘘 笹の丘   北山あさひ

 

伸縮のやや自在なるわが身体せまき座席に肩を窄めぬ      後藤由紀恵

 

ひかりしばらくわが踝をあたためてカーブとともに去りてしゆきぬ   染野太朗

 

節電のランプちひさう灯りゐてウォシュレットのもつ時間(とき)の感覚   田口綾子

 

 

 

(む)