こんにちは。ブログ担当の北山あさひです。
まひる野ブログ二週目は山川藍さんの連載の予定でしたが、都合により次週に変更させていただきます。今週は麻生由美さんの連載第一回目をお届けします!
「まひる野集」の欄にいる麻生由美です。
もう何十年も昔から「まひる野」にいますが、一昨年やっと一冊目の歌集を出しました。
山の上のハイマツのように生育が遅いです。大分県の山中に生まれ、今もそこに老母と老猫とさんにんで暮らしています。
普段はすっかり忘れていますが、天然記念物のふもとに住んでいます。
うちの裏山は山頂の三方が火成岩の柱状節理の岩壁でできているのです。
それが「特異な自然現象」という要件にあたるようです。
私たちの一家が古い家に住んでいたころは、節穴から朝日が差し込んで、家の中がカメラ・オブスキュラになり、障子に岩壁が逆さに映ったりしていたものです。
ある日、夕方のウオーキングから帰ってくると、県外ナンバーの車を路傍にとめて立派なカメラを裏山に向けている人がいました。
「あの山、すごい崖ですね。どうやって登るのですか。」
「え、登る…?」
「あの崖は登れないのですか。」
「こっち側は絶壁ですけど裏側はなだらかですから、みんなそっちから登ります。」
「崖を登ったりする人はいないのですか?」
「そんな危ないこと、しないと思います。それにいちおう天然記念だから登ってはいけないのかも。」
「すごい絶壁です。きっと何か言い伝えがあるのでしょうね。」
古代生物デスモスチルスの歯のような岩の束がぞわっと垂直に聳え立っています。
<登ろうとした人は必ず落っこちてしまい、その亡霊がさまよっている…。>
そういうまがまがしい伝説があるんですと言われれば、そうですかとうなずいてしまいそうな迫力があることはあります。
「ないです。あっちの切り株型の山にならありますけど。」
「それは知ってます。こっちの山にもあるでしょう。こんなに不思議な形の崖なんだから。」
「いや、ほんっとに何もないです。」
ネットには近頃登った人がアップした記事があると思いますから、それをご覧になったらと言ってその人と別れました。
ちょうど里帰りしていた妹に、こんな人に会ってきたと言ったら、
「いっそ、とつぜん姉様被りになって腰を曲げてしわがれ声で、ああやめなされ、けっしてあの山に登ってはなりませんぞ、ああおそろしや、あの山のことは忘れなされ、とでも言えばよかったのに。」と笑いました。
祖父母は明治二十年の生まれで、「カ・ガ」と「クヮ・グヮ」をしっかり区別して発音し、「目こそ痛けれ」と係り結びを使うなど、なにかと古形を保った人々で、いろいろと昔のことを教えてくれました。
でも、その中に朝夕見上げている裏山の話はありませんでした。
念のため図書館で調べたり人に確かめてみたりしましたがやはり何もありません。
珍しい自然の造形に、神様が産屋に使ったところだの、悲恋の二人が化身したものだの、お話がくっついているのは、「ここはこのように観賞しなさい」と指示されているようで、ときに大変うっとうしいものです。
「おーっ、すげー!」「なんじゃこりゃあ!」だけで十分ではないでしょうか。
何のいわれも伝説もないというのは、かえってすがすがしくていいかもしれません。
岩山の名歌というのがないか探してみました。
雪舟の絵を観る。
地の芯のふかきを発し盛り上がる巌のちから抑へかねつも
阿木津英『巌のちから』
雪舟の絵の岩山も地球の奥底からやってきた火成岩のようですね。
麻生由美
大分県出身 1978年まひる野入会
歌集『水神』(2016年/砂子屋書房)
次週予告
山川藍の「まえあし!絵日記帖」第一回
5/15(火)更新予定
来週もお楽しみに!