作品Ⅰ
若き友ふたりそれぞれ大声に語りて呉れる。済まないな、疲れた 橋本喜典
川底にからだ擦りあふ秋鮭の白く変はれるたまゆらを見つ 篠弘
六秒間こらえ怒りを鎮むべしかかる芸当が出来るだろうか 小林峯夫
良きことも良からぬことも掌に丸めて捨てる わけにもいかず 大下一真
冬の陽に洗濯物の照りながらただにまばゆしこの世の午後は 島田修三
大型の回送なれば空つぽのバスいつぱいに冬の陽は満つ 柳宣宏
その坂を囚人坂とわれは呼ぶ忌むにはあらず親しもよ囚人 中根誠
天空に近きはすつかり舞ひ失せて桜紅葉はその虚を支ふ 柴田典昭
池袋過ぎて車窓にたかだかと看板は見ゆ性病科とぞ 今井恵子
帰りたき時代などなけれアオサギは川の真中に首たてて佇つ 曽我玲子
武蔵野の森の小箱に泣く子猫ひろひてかへる寒月の道 大林明彦
まひる野集
白鳥のこゑにざわざわと近づきて水面光れり木立のあひに 小野昌子
ゆふやみにふと足下へ寄りてくる猫はわたしを少しだけ好き 麻生由美
偶さかに人と出会ひて偶さかの無くて出会へぬ人思ひ出づ 柴田仁美
マチエール
職場から家庭から出てわたしたちまず突き出しのマンゴー酢のむ 佐藤華保理
菊の花にかほ寄せながらわれはなにをたしかめてゐる冬のゆふぐれ 染野太朗
光るものは光らせておく主義のためカップの横のスプーンは使わず 宮田知子
十六人集
水星の欠片のように光り出す夜更けのグラスの炭酸ソーダ― 佐伯悦子
破れたるビニール傘が掛けてありなまぐさき川の鉄の欄干 森暁香
今ここに居る筈もなき猫の名で呼びかけている擦れ違う犬に 矢澤保
作品Ⅱ
石鹸をすき間につめて送りきぬ女系のつづく家系図一巻 桂和子
なにゆえか遺影のやさしき顔したる私と一緒に並んでいたから 中谷笑子
娘と犬と猫と籠れば大根は抜いてくれろと飛び出してくる 菊池理恵子
二月集
肉体を意志の力でねじふせる合わない靴を無理やり履いて 高木啓
星月夜散歩に出かけあの橋を渡りきれたら家出なるべし 立石玲子
火縄銃の取り扱いを教えてるおじさんがおじいさんにマックで 山田ゆき
作品Ⅲ
地下鉄を降りてもねむい女子高生たちがオブジェのように立つ駅 佐巻理奈子
星月夜 どこに降りても私だけはみ出た気がして踵が痛い 塚田千束
都会ではあるけれどひとのいない道で明かりが見せるしろい雨脚 狩峰隆希