あたりまえ医師が病気になることも毎年歳を重ねることも   広澤治子

 

 

赤みがかる満月欲の成就することも恐ろし羽たたみ寝る   宮田知子

 

 

どうしようどんどん新井浩文を好きになってと一人で喋る   山川藍

 

 

所在なく佇むものか扇風機秋が来たのはおまえのせいじゃない   米倉歩

 

 

主婦という檻をつくって閉じ篭もり焼き茄子ばかりつくりおり夏   浅井美也子

 

 

余白あるレジュメに黒い輪郭の猫のあらわれ暇とつぶやく   荒川梢

 

 

聞いたほどまぶしくもなし朝帰りする地下鉄の出口に立つとき   伊藤いずみ

 

 

げんこつをくれた日の夜背を向けて眠る吾子なり手は離さずに   大谷宥秀

 

 

泡盛の珈琲割りをコンビニで買って歩けり  月が眩しい   小原和

 

 

いま切りしばかりの右人さし指の爪の小ささにぞっとするなり   加藤陽平

 

 

品川の水族館にベニサケもカレイもタラもおらず東京め   北山あさひ

 

 

新秋の風を集めて言いたきこと言えないようにリコーダー吹く   木部海帆

 

 

剝がされるための皮もつ美しさ  巨峰イチジク王林あなた   小瀬川喜井

 

 

肌さむき秋のはじめの朝のため小さな薬缶に湯を沸かしたり   後藤由紀恵

 

 

お姐さん猫も子犬も寝ておりぬ一番奥の椅子のくらがり   佐藤華保理

 

 

しづかにも風うらがへる昼にして蝶またしても視野を離(か)りたり   染野太朗

 

 

糖質オフのやつはやつぱり満足度が足りないねと言ふ君の高熱   田口綾子

 

 

君の猫になった来世に早く生きたい  人間はまだむずかしかった   立花開

 

 

横たはる裸身のやうな洋梨がほのかにかほる夜の更けるほど   田村ふみ乃

 

 

病む鴨がいると聞きたるゆうぐれの湖面きららの水脈はしるのみ   富田睦子