水銀を不老の薬と信じたる人を笑へるものは笑はる 加藤孝男
ブラウスをはみ出している若葉見ゆ中学生のうしろをゆけば 広坂早苗
落武者狩りに遭いしか末枯れたる美濃の青野ヶ原のひまわり 市川正子
万年筆のインク乏しくなるままに手紙書きつぐ夏祭りのこと 滝田倫子
毒杯を人に返して子を負ひてひた歩くとぞその大夏野 麻生由美
戦ひに果てにし人名列なれる碑面に蝉の鳴きしぼる声 寺田陽子
睡蓮の咲けば思ほゆつひとなる逢ひとは知らず笑ひあへるを 小野昌子
祭壇に供えられたるマンゴーの甘き香りに寝苦しき日々 高橋啓介
回天という人間魚雷ありき海底に遺るやあまたの棺 齋川陽子
隣家へ回覧板を持ちゆけば垣越えてわが紫陽花盛る 齊藤貴美子
二十隻あるいは三十動くゆえ数えきれない白きヨットを 松浦美智子
いつしらに支ふるよりも支へらるる季となりしか梅雨空の病窓(まど) 升田隆雄
別れたるのちは一人となることの当然として母の墓ある 久我久美子
箸を持つボタンを留める紐を結ぶひとつひとつにわが指添えし 柴田仁美
夕ぐれの暗む御堂に如来像あふぎて深く吐息つくひと 庄野史子
難病の人に寄り添ふオリヒメといふ名の丸き顔のロボット 西川直子
頭よりストール巻きて肩かくしバングラデシュの女は取らず 中道善幸
触れそうで遂に触れざる赤蜻蛉(あきつ)群れて私をからかっている 小栗三江子
海亀の産卵のごと苦しむや製氷室へとこおり音立つ 岡本弘子
七厘に風をあげれば木炭が「むかしむかし」の森をささやく 吾孫子隆