しだれ咲く桜にふれる歓びをにわかに醒ます花の冷たさ 上野昭男
わが内のすべて無になる麻酔時のただに気分の良きこと知りぬ 奈良英子
重き荷を負ひて道行く人生を説く掛軸を疎ましく覚ゆ 伊藤洋子
風の日の西陽の窓辺賑はひて笑ふ媼の白髪ひかる 阿美美代子
それぞれに痛いところを言ひ合ひてケアハウスでの日常会話 今井百合子
息絶えた馬の腹には血が流れ「ミュシャは流血を描かなかった」 山田ゆき
しんしんと散る桜樹の花ざかり明るすぎるをひとり怖るる 智月テレサ
もどりくる六百円の還付金三株のトマトに少し足りなし 菊池和子
なりたきを問はれ臆せず代議士と答えし幼き頃をほめたし 篠田充子
今日一日ことばの多き人といて相づちうつも少しくつかる 荒岡恵子
父の字の清水焼の表札を包みて今日は家を後にす 八木絹
屋上で一緒に泣いた友からの霞ヶ浦のわかさぎ届く 立石玲子
父宛ての仕事のファックス突然に届き思わず遺影に見せる おのめぐみ
春雷にめざむるごとくつぎつぎと新芽立ちくる小さき庭にも 柴田恵子
老梅の一枝に力満ち満ちて崩れ土塀に影ゆらしおり 大橋龍有
畝に入りスマホを操って顔ほどのダリヤを写すダリヤの祭り 中野豊子
「食洗機スイッチ忘れてごめん」って電話の向こうにきみの労働 佐巻理奈子
長白衣袖を通してかさつきし手を今朝もまたさしだすのだらう 塚田千束