年齢は演じなければならぬらしい道化のように三十と言う   池田郁里

 

 

人間の写らぬ故に日曜の『自然百景』これだけは視る   上野昭男

 

 

電子レンジで酒を沸かせば三歳児は告げに来るなりお水焼けたと   松崎健一郎

 

 

遠山に雲のかかりて久びさの風の荒ぶる夕べとなりぬ   奈良英子

 

 

さっきまで赤の他人の女医さんに鼻から針を突き刺されたり   高木啓

 

 

さようなら歌にならずに過ぎた人 煮出し紅茶に牛乳を入れ   左巻理奈子

 

 

ハム太郎小さきちひさき頭(づ)の中にわれの居場所を作りたるらし   栗本るみ

 

 

母とわれ声に出して読む一首一首喉潤して身に浸みゆけり   八木絹

 

 

除染とは移染に過ぎず未来をば奪い続ける原発事故は   中澤正夫

 

 

光つたとたん耳をつんざく雷鳴に卵落しぬおでんのたまご   岡野哉子

 

 

遊ぶ子のいないブランコゆらゆらと光を反し風をかへして   杉山やす子

 

 

腕はずし着せかえられるマネキンのシホンのシャツの胸のふくらみ   菊池和子

 

 

夫の待つ歌声喫茶に急ぐみち夢ゆゑゆけどもゆけども着かず   谷蕗子

 

 

針に糸通せばとほる嬉しさに解れ繕ふ釦をつける   佐藤信子

 

 

金曜の未明に帰宅 木曜の深夜に着いたことにして眠る   山田ゆき

 

 

冷たさは身体の茎を知らしめるもたげた首で朝を受けとめ   塚田千束