賑はひをみて飲む酒のうまみこと父は言ひたり春の祭りに   加藤孝男

 

 

離別にも軽重のありこの春は白木蓮(はくれん)のちるようなる別れ   広坂早苗

 

 

「等」の字の曲者ぶりや国会のテロ等準備罪のしぶとさ   市川正子

 

 

難聴になりたる犬か我が帰り気づかざりしを恥ずるポーズす   島田裕子

 

 

ほろ酔えばアリラン歌う父なりきいくたびか聴く雪ふる夜は   滝田倫子

 

 

焉(おは)りたるもののあるべし復(ま)た興すべからざるものあらむ三月   麻生由美

 

 

わくら葉の積む霜道に出合ひして懐かしみつつその名浮かばず   寺田陽子

 

 

観覧車のろのろ廻り赤松の林あかるむ冬にひかりに   小野昌子

 

 

指の血を口にふふめば過去世より貌なきうから立ち上がりくる   久我久美子

 

 

片脚のいたみに醒むる夜に思う水揚げなさぬ百合の花たば   齋川陽子

 

 

連山のもみずる赤をまぶしみてそれより夫は睡りはじめつ   齊藤貴美子

 

 

山の端に沈む夕日が北上し日脚たしかに伸ぶと思えり   松浦美智子

 

 

茜雲ちぎれちぎれて色ませり金魚のやうねと亡き母言ひき   庄野史子

 

 

抜けし歯の洞の深きを舌先にたしかめゐたりなぐさむるがに   升田隆雄

 

 

十階の窓より遠く濠が見ゆ白鷺がひかりとなりて飛び立つ   西川直子

 

 

宗教の勧誘なさん二人組すぐに断りて後味わるし   中道善幸

 

 

積もらずに降っては消ゆる淡雪は雨と異なる匂い残して   岡本弘子

 

 

木蓮の花芽ふくらみ如月の思春期前夜の風の冷たし   高橋啓介

 

 

飛車角落ちの父に常に勝てなくて敗れて泣けり挟み将棋に   柴田仁美

 

 

すでにして縁絶えしか苔むせる水子地蔵は目鼻うしなう   小栗三江子

 

 

窓の外を睨みつづくる老い猫が陽の輪郭を見せて細かり   岡部克彦

 

 

多少なる神の気のあり参道に枝をせりだして咲く山桜   吾孫子隆