楽しげになに笑ひゐるやわからねど見てゐるうちに貰ひ笑ひす   橋本喜典

 

 

駅前に丈伸ばし咲く山こぶし星のまつりの先駆けとなる   篠 弘

 

 

先に死んだものの勝ちという声そうとは思わないけれど うなずく   小林峯夫

 

 

茶をすすりひたいを撫でて投了は覚悟に到る儀式ともなう   大下一真

 

 

吃逆(しゃつくり)といふは可愛ゆき発作にて吃逆する人ずつとしてゐよ   島田修三

 

 

公園の向かうの端の草に寝て姉が妹に本読み聞かす   柳宣弘

 

 

ゆつたりと肘つく老女がカフェににゐてあんぱんを食むこのわれのこと   井野佐登

 

 

シクラメンの鉢を贈られうきうきす民生委員に退職金なし   中根誠

 

 

仏文へ行きたる旧友(とも)の好みゐしカルボナーラに薄く塩足す   柴田典昭

 

 

歳月の果実のごとき影ゆれて声あり受話器に男友だち   今井恵子

 

 

世の愛に遠く生きたる我老いて日光月光に包まれてゐる   篠原律子

 

 

いつまでもお椀のなかに廻る泡きりなき思いの現れと飲む   都田艶子

 

 

呼吸器をつけてねむれる弟の息するたびに毛布の動く   伊藤弘子

 

 

習ひたる口の体操に舌を出し表情変へゆく朝の鏡は   油木富喜子

 

 

半世紀余りも経ちしと語り合う友達とのはるけきままごと   小栗りつ子

 

 

今日すべき用みなすませようやくに干したふとんにゆっくりねむる   北村千代子

 

 

庭の木々みなわが背丈に剪りつめて明るきさびしさ心に沁ます   山田あるひ

 

 

信号の変わらぬうちに投函す点滅中に戻れて嬉し   横倉長恒

 

 

灯のともる社に対の白ぎつね昼より胸のふくらかに見ゆ   佐々木絹江

 

 

まどろめばうつつの音の遠くなり心たいらに時空を歩む   大内徳子

 

 

さしぐみて子を産みおとす母牛の白眼(しろめ)むきをり雪ふる朝(あした)   大林明彦