潟の夜は古代紫ひっそりと身を寄せ冬鳥眠りいるべし 松本いつ子
総身に積もれる雪を払ひつつ会津の杉は勁くなるとふ 上野昭男
真夜中に目覚めて闇を楽しめりわが家の上を田鶴啼き渡る 大橋龍有
藤色のリュックが欲しいと母は言う杖つき歩く丸き背中に 杉本聡子
大型の寒波に列島のけぞりてあふあふ食べる南瓜のほうとう 菊池和子
TBSの企業ドラマの位なら北大路欣也なんだな娘の義父は 高木啓
七並べに八の札もち三回のパスをつづける胆力いとし 坂井好郎
迷いなき鋏さばきに五分刈りの健さん風に松若返る 橋野豊子
ある年は友ある年はその夫にその孫は似て賀状に笑う 入江曜子
君に名を呼ばれし時にトンネルを新幹線はそっと抜けゆく 池田郁里
ダンボール重ねて白き布を置き祭壇とせり停電の部屋 桑島有子
北勢線向かいの人と人の声「地獄のような一日だったね」 山田ゆき
「富士山と芦ノ湖前に松いれて」姪の言うままスマホを構う 瀧澤美智子
仕事にあせる夢に目覚めてまた寝入り夢の続きにあせる朝あり 本谷夏樹
青島より吹きくる風に幟揺れ冬の海辺にういらうを売る 谷蕗子
ほのぼのと笑えることの少なくて爆笑するか鼻で笑うか 山家節
平戸には至る処に殉教の悲しみありて血の匂いする 林敬子
年明けて吾が残量の減りしこと雪道歩む足に顕る 中井溥子
置き去りの息子のセーター重ね着に程よくあれど穴七つあり 石井みつほ
「ハマさん」と一人娘(ひとりご)柩に呼びかけぬお母さんではなくてハマさん 岡田千代子
遠いなどと言う暇(いとま)なしわらわらと喪の支度して千葉へ向かわん 金谷静子
幾度も預金通帳ひらき見る冬おだやかなわが年金日 諸見武彦
煮崩れの微熱の部屋に閉じこもり迎えた夜に淡雪が降る 左巻理奈子
眠らせたひとのどこかに我があり我を眠らす手は我のもの 塚田千束