正月をなかじきりとして始まりぬ一つの冬がそこに断たれて   加藤孝男

 

 

犬を飼う友のふえくること怖しみな黒米のランチが好きで   広坂早苗

 

 

雪踏みて金柑とりきて甘煮することば出さねば夫在るごとし   市川正子

 

 

厚切りの大根ほどよく煮上がるや日暮れてこもりゐる置炬燵   島田裕子

 

 

雪晴れて夕つ日赤らむ窓の内置き去られたるわれにあらずや   小野昌子

 

 

わが一世いまどのあたり白梅は祷りのように三分ふくらむ   滝田倫子

 

 

日なかより通ひくるひと絶えずして透析病棟の霜夜明るむ   寺田陽子

 

 

手拭ひに変なガンダム刷られゐて二十世紀はむかしになりぬ   麻生由美

 

 

八戸の林檎のかおりしるくなり色白きひとの面影たたす   齋川陽子

 

 

落ち合うは小田原提灯の下と決め坐りて待てりいくたりの友   齊藤貴美子

 

 

電灯の紐につけたる赤い服赤い帽子のピノキオ揺るる   松浦美智子

 

 

冬枯れのすがしき庭に影を置くしだれ桜のばさらのゆらぎ   庄野史子

 

 

天敵かと疎みし人の年賀状「切手シート」が当たつてました   久我久美子

 

 

おのづから猫となるわれ舐むるがに右手を濡らし顔を洗へば   升田隆雄

 

 

蜜柑箱を掲げふくらむ三頭筋「遅くなりました」と人は謝る   柴田仁美

 

 

樹木医に護られ続く樟の木は平和公園に太ぶとと伸ぶ   中道善幸

 

 

電脳の無能に倦みて机の上の埃まみれの辞書を繰る指   高橋啓介

 

 

終日を共にいるゆえ夫の風邪うつれどわが風邪うつす人無し   岡本弘子

 

 

にぎはへる露肆ならび立つ境内に古人も混じりてをらむ   西川直子

 

 

箪笥ごと貰ってほしいと言われたり六十余年を睦みにし友   小栗三江子

 

 

水平線明るみてきて漁港まで細き炎のゆらぎ伸びくる   岡部克彦

 

 

海を抱え岩を背負いてすでにして列車は止まらぬ張碓(はりうす)の駅   吾孫子隆