ふたり子の贈りくれたる柔らかきふとんに睡る夢涸れざらむ 橋本喜典
駅店のシャッターの下部ひらきゐて珈琲の缶転がるが見ゆ 篠 弘
噴きいでてリビドーとび散る朝まだき生木を削(はつ)る円空の鉈 小林峯夫
繰り返し思い出しては繰り返し腹の立つこと冬の夕焼け 大下一真
横丁をもとほり人に道を問ふ道問ふこころのあはれ一途なり 島田修三
プロパンを肩に担ひて下りてくる片をつけたといふ顔である 柳宣弘
書斎ごと買ひたる内科全集をその書棚ごと捨てて移転す 井野佐登
救急車近くに止まる感じにてハナさんトメさん千恵さん想ふ 中根誠
ピエロ・デル・ポッライオーロの少女像 離(さか)りし娘の眼差はあり 柴田典昭
いっせいに夜空を仰ぐ人のむれ間近く息の出で入りはあり 今井恵子
色かたち申し分なきこの落葉狸にやりたし葉っぱのおさつ 松浦ヤス子
足裏に冷たき畑つぎつぎに掘り出す長芋古墳のごとし 中里茉莉子
二等辺三角形の水脈をひきその頂点を伸ばしゆく黒鴨(かも) 松坂かね子
助手席に槙子さん乗せ走りたる湖北海津も吹雪きておらん 曽我玲子
雪みればさびしくなりてあおぎ見る伊吹の山は白く静もる 北村千代子
シェアーする家も自動車(くるま)もシェアーする俺の齢(よわい)も誰かとシェアーを 三宅昭久
振り返り振り返りして進みゆく半返し縫いで綴じるほころび 関本喜代子
ペチカ燃ゆ九官鳥の独り言たれも応えず更(ふ)くる雪の夜 大林明彦