正しくて優しい人はいるのだろうベストセラーの平置の中   池田郁里

 

 

十二月八日が来てもその日だと思ふことなきわれに気づけり   松崎健一郎

 

 

年かさねやさしくなれるや手をつなぐ遠足に行く園児のように   瀧澤美智子

 

 

廃村の集落ふたつなほ地図に魚沼の雪今年も深し   庭野治男

 

 

壊れし扉(と)を友は持つのか「ここだけの話」聞きいる耳は寂しい   菊池和子

 

 

わが部屋は北向きなればひねもすを弱日(よろび)も差さず古書にやさしき   上野昭男

 

 

背もたれに力あづけて添ひゐたり君と思へばはつか懐かし   奈良英子

 

 

なんとなく心を閉づる寒き日に飛行機雲はますます伸ぶる   井汲美也子

 

 

耳の奥きんと冷えゆくバス停に届かぬ手紙を恋ふやうに立つ   塚田千束

 

 

来月のジブリ祭を見るために越えるしかない二〇一六   山田ゆき

 

 

藤袴を咲かせ待つとふその庭にいまゆつたりと浅黄斑とぶ   岡野哉子

 

 

夕暮るる郷にひびかふ鐘の音を遠き黄泉路の母も聞くらむ   大脇勝博

 

 

われわれの大きな声が邪魔をして禅僧あわてて貼る「修行中」   茂木久子

 

 

おでん屋の壁の汚れに覚えあり酔ってころんで徳利も割り   大橋龍有

 

 

冬うらら黄葉おそき学生街ニコライ堂をふりかへり見る   智月テレサ

 

 

わが歌を説明的と言ふ多く成る程なるほどと頷いておく   小嶋喜久代

 

 

年の暮れいよよ明るき明星よ地球はいかに宙に浮かぶや   高野香子

 

 

開脚のストレッチをする風呂上がり伸びるところはまだあるはずと   高木啓

 

 

年末のくじで当たったポテトチップス食さないのに帰り道うれし   滑川恵美子

 

 

雲に透けふんわり見える満月はじいちゃんの知恵やさしくていい   向山敦子

 

 

手話使い若き二人は語らいぬふわりと纏う静けさのあり   杉本聡子

 

 

眩しさと眠たさの間(ま)に重ねゆく通勤時間にほのぼのと老ける   左巻理奈子