回転する刃(やいば)に草を刈り尽くすかく鮮やかな草の翳りは   加藤孝男

 

 

さみしさがみなもとなれど締め切りの切迫感がわが歌の基   市川正子

 

 

いちまいの桜もみじの張りつける朝の車の助手席に乗る   滝田倫子

 

 

冬の朝すこし濃くひく眉の線スカイサットがわれを追ひくる   島田裕子

 

 

歳の数を言ひ訳にする断りを重ねきたりて秋深みゆく   寺田陽子

 

 

若き日はただに笑へり少年の白球と蝙蝠を見誤るさへ   小野昌子

 

 

煩悩のこの世に人はもう二度と帰らぬのです通夜の語らひ   麻生由美

 

 

霜の庭にあえかにひらく水仙を剪らんとするは亡き者のため   齋川陽子

 

 

オペ室に夫を送りてひたすらに待つのみにして木椅子に座る   齊藤貴美子

 

 

居ながらに買物しうる便利さに通販に買う足踏みステッパー   松浦美智子

 

 

絶壁と荒れゐる海のあはひにて305号を南へと縫ふ   升田隆雄

 

 

開発にビルの幾棟建ちならび大きな影をそれぞれひけり   中道善幸

 

 

父と子の後ろ姿を街上に見送りしのち夜道を帰る   久我久美子

 

 

流行性感冒ヴィールス獣園の鳥らを殺す底冷えの朝   高橋啓介

 

 

手のひらに載せてくれにし鶏卵をつつめば殻に弾力のあり   庄野史子

 

 

騒音の止めば耳鳴り聞こえくるいづれにしても大風の夜   柴田仁美

 

 

確かめむ人の名ありてももいろの付箋貼りおく速記とりつつ   西川直子

 

 

腰の辺に透けし布もつヴィーナスの神話とは言えぬ裸婦の絵   岡本弘子

 

 

既にして寡婦とおなりたる妹とわれと雑煮を無言に味わう   小栗三江子

 

 

出る杭と打たるる心配すでになく麦藁帽子のせて畑うつ   岡部克彦

 

 

明け方のからすが空を掻き乱し凝縮されたる音を発する   吾孫子隆