胡麻荏胡麻粟黍蕎麦と江戸初期の里の畑はゆたかなりけむ 久下沼滿男
井戸の主のイモリもヘドロにまみれ出で人の為すままじつと洗はる 松下久恵
掃除機のコードを引きて居間に入る独りになれずふたりに倦みて 宇佐美玲子
スカートをぴんとさせるごと寝押しでもしてみたきかな緩ぶ心を 森暁香
幼子に空を見せむと下り立てば空が幼子見てゐるやうな 秋元夏子
雨あがり松の木下に淡紅のいつぽんしめぢ傘かしげをり 門間徹子
日傘とぢ木陰の階を登り来ぬ会ひたき人の待ちくるる家 鈴木尚美
衝突がやみてスコール浴びぬ腕時計の針が失せてをりたり 大葉清隆
乗客のわれ一人となりし夜のバスどこか遠くへ拉致されるごとし 福井詳子
車椅子に座り押されて動くとき身体の芯から力抜けたり 井上成子
前の夜の残りご飯を粥にして氷一片入れたる朝餉 住谷節子
霧吹きの霧を吹きかけ猶増すや秋草のもつ花のさびしさ 知久正子
残り毛糸のそれぞれの色に魅せられて炬燵カバーが編みたくなりぬ 重本圭子
白髪の仙人に似て小澤征爾座して指もて音を操る 奥野耕平
旧姓を呼ばれし人に旧姓聞く夕やけとんぼ肩にとまらせて 大山祐子
キャッキャッと子らの声する畑中にバーベキューしてるそば打ちしてる 大賀静子
歌会終え詠草集を読み返す車窓は冷えて闇に濡れおり 矢澤保