とりあえずビールの後はコバヤシの悪口で間をひとまず埋める   伊藤いずみ

 

 

ベランダの薔薇は驚くことでしょう春に目覚めてわたししかいない   荒川梢

 

 

九年経ていまだわたしの表情を見わけぬ夫へ感情報告   浅井美也子

 

 

ドライヤーの一番強い風量で飛んでけ今日を終えし体よ   小原和

 

 

このたかが性欲のために死にし人あまたあることを思いて射精す   加藤陽平

 

 

火の猫はこたつに眠る火の猫は消えたくなったりしないんだべか   北山あさひ

 

 

一枚ずつはらりはらりと落ちてゆく山茶花のごと人と別れて   木部海帆

 

 

がしゃがしゃと脚震わせて湯を泳ぐ蛙のおもちゃ性愛のごとし   小島一記

 

 

悲しみのない風の音聞いてみたい  次はなずなに生まれてきたい   小瀬川喜井

 

 

独白と思えば電話をしておりぬバス停前のベンチにひとり   後藤由紀恵

 

 

木曜の昼のひかりにプールの水にこどもらの声に耳をあらえり   佐藤華保理

 

 

疑つて決めつけて終へた恋だつた 大きプードル靴はいてゐる   染野太朗

 

 

雨が止むころにあなたを土に埋め終わりてツバメついと飛び去る   立花開

 

 

ヒゲのなきガラスの猫に沁むひかり夜すがら瑕を浄めんとする   田村ふみ乃

 

 

豆を煮る  毛糸のような夕暮れがおんなの首に巻き付く秋を   富田睦子

 

 

父からの電話静かに鳴り響き一緒に過ごすと決めたる晦日   広沢流

 

 

行き先の定かと思える人々がまっすぐ向かって来る交差点   宮田知子

 

 

その昼はパンと饂飩を食べながら腹八分目あたりで泣いた   山川藍