横たはる生春巻きの食感の寸刻のうち晩夏は滅ぶ 加藤孝男
今ここにいない人ばかり親しくてこの世の椅子に無花果を食む 市川正子
大鍋に根白の大根湯気たててひとりのたつき冬へとま向かふ 島田裕子
大股に水溜りまたぐ青年の広き肩巾にもくせい匂う 滝田倫子
犬吠ゆるを久しく聞かず秋の夜の静けさに両の耳澄ましみる 寺田陽子
朝明けのそらに群れたつ白鳥を想へり飯の炊きあがりつつ 小野昌子
ががいもの絮(わた)の旅立ち飛ぶ種も飛ばない種も世界のいちぶ 麻生由美
白菊に水の上るをたしかめていとしき者への供花となせる 齋川陽子
万聖節を初めて味わう二人なれ南瓜の底にローソク灯す 齊藤貴美子
チャンネルを変うれば豪華な犬用のお節料理が映りておりぬ 松浦美智子
血餅のごとき実をつけハナミズキの枝の揺れたるに秋風通る 高橋啓介
無心にて腹かかへゐる嬉しさよトムとジェリーとビールの泡と 升田隆雄
壮年を過ぎゆく者の影長し暗渠をくだる水の音する 久我久美子
足裏の砂を引きゆく潮の渦崩れむとする身を立てなほす 庄野史子
競り終り市場の隅にうづたかく積まるる発泡スチロール箱 西川直子
一匹の犬に吠えられつぎつぎと吠えらるるなか会報配る 中道善幸
桜葉のその先だけにこころもちくれなゐもゆる寂光院に 柴田仁美
今誰かわれを思いし人あらんふいに手鏡のぞいてみるも 岡本弘子
家計簿の食費の欄に猫の餌も妻は一緒に書き込みており 岡部克彦
寝に落つる間際かすかなる気配して猫の匂いが枕辺にあり 吾孫子隆