クーラーの壊れしままに夏逝けり庭に繁れる桃の木に謝す 門間徹子
ひざに置く白桃ふたつ落すなく寝息たており卒寿の母は 大橋龍有
氏神に詣でる拍手聞こえくる祈り慣れたる清潔な音 上野昭男
書き記す赤い手帳より顔を上げ物送らねばと唐突に言う 鈴木智子
カラオケでホットコーヒー頼むってダサい あなたと朝日は見ない 左巻理奈子
魚沼に実りもたらす初秋の風に召されしたらちねの母 庭野治男
三日月を白から黄色に染めあげてコロコロリリリ神のたたずむ 向山敦子
夜ぶりとうガス燈持ちて眠り込む魚らだまして掬いとりたり 中江泰三
ハイカラにコキアと呼ばれる箒草 和子がメリーになるが如きか 菊池和子
火山灰地(あれち)より火山灰地(あれち)に至る夏期バスの唯一人のみの乗客となる 入江曜子
晩年の母に代って針山を糸で埋めた秋深むころ 野田珠子
仰向ける蝉を手の平にそと置けば生きてゐるぞとモゾモゾ動く 田中あき
育てたるウリのひと切れ胃に余り有られもなしよ七十三歳 松山久恵
病窓を雲ちぎれては流れゆく嵩低くなる父の身体は 服部智
親指は父母のごとくに四本の指を守りぬ拳握れば 栗本るみ
稲の花散りこぼるるを畔に見るいましばらくを田水守らん 里見絹枝
落ち鮎の串を並べる露店ありおはらの街の夜は眠らず 津幡昭康
夜とならば月見ることもあらむかなガザなるひとの日日を思へり 大久保知代子
見上ぐればつくづく狭き谷の空逃れられない思ひに歩む 谷蕗子
秋陽浴ぶ黄菊の香りに包まれてひねもす花を摘みて過しぬ 福井祥子
コンビニのおでんを提げて月のなき道にわれへと還る金曜 田村ふみ乃
寄り添いてねむるを厭うおさな児を起こさぬように細長く寝る 浅井美也子
師走だと思えないほど毎月が師走であって思い出せない 広沢流
望遠鏡越しに出会ったあの星のどこかに僕の椅子はあるのか 塚田千束
封水が意外にきれいなことだけを喜びながら水管をもどす 山田ゆき