ミサイルを撃てどもゴジラ倒れざる映像に深く熟睡(うまい)すわれは 加藤孝男
蝙蝠や蜘蛛を入れるなと夫が言うそんな息子はもういないのに 広坂早苗
ぬばたまの夜の青白きコンビニへ躁を買うべく村を抜け出す 市川正子
思いきり肩をゆすってほしい日よ波まだ荒き川を見にゆく 滝田倫子
コスモスはいつか生家を捨てゆくや空をつらぬく航雲白き 島田裕子
炎熱を鎮むる驟雨に洗はれて筑波山肌紫紺のすがし 寺田陽子
水引草群れ咲くほとり虫のこゑ水湧くごとし退院したり 小野昌子
うすら寒く秋の定食メニューあり過ぎにし夏の麺類は裏 麻生由美
香りたつセロリの筋をとりながら夕べに息子は帰らぬ予感す 齋川陽子
階段を上りて来たるベランダにわが家見えねど富士山の見ゆ 齊藤貴美子
ヘルパーが掃除をする一部始終に見入るベッドに動けぬわれが 松浦美智子
選(え)りて食ぶるレーズンパンの葡萄のみたわいなきかな心穏しき 久我久美子
笹原となりたる庭を振り返るわれに過ぎゆく時のかたちを 升田隆雄
干渉の積み重なりて白波の狂(たぶ)れる音の心地よし耳に 高橋啓介
山頂に真白く冴ゆる大岩が樹木伸び来て見えなくなりぬ 中道善幸
亡き人を思い出させる夕暮れは足の爪先冷たく尖る 岡本弘子
捨て石になれと言はれし捨て石の意味は父より教へられたる 柴田仁美
翡翠はいま飛び立たん構え見せ羽の付け根に力あつむる 岡部克彦
給油所の男手を止め雪とならん空の模様をじっくり眺む 吾孫子隆