ステッキなど持ちてよろよろゆく吾かあひるペンギン従へながら   橋本喜典

 

 

人らみな水のボトルを抱へもち黙(もだ)す者より呑みはじめたる   篠 弘

 

 

秋風はなぜか寂しいなぜなのと電話してくる なぜなんだろうね   小林峯夫

 

 

重力に抗いがたく地に落つる距離測らるる槍のきらめき   大下一真

 

 

軍犬兵かなしからずや軍用犬なほなほかなし忠といふは哀し   島田修三

 

 

リウマチの醜く曲がる指の手をわが手につつむ母の手なれば   柳宣弘

 

 

皺みたるわが半身の映りたる鏡に思はずシャワーを掛くる   横山三樹

 

 

まう雨に濡るることなきしろき足地下駅すぎて槙子帰らず   井野佐登

 

 

夏の蚊は曲線的に秋の蚊は作戦的に真つ直ぐに来る   中根誠

 

 

境線鬼太郎列車津軽線ストーヴ列車の抜けゆく過疎地   柴田典昭

 

 

沁みるごと赤味をおびて大量の水噴き上がる駅前広場   今井恵子

 

 

指先の冷えてさびしき返信の届かぬままに夏終わりゆく   中里茉莉子

 

 

旅の終わりは何処なのだろう息を止め沐浴のごと水に沈めり   曽我玲子

 

 

藤棚が用無きものとなり果ててノッペラボウの庭の明るさ   村田夫紀子

 

 

キンカンを毎日塗つて一本を使ひ終わつて本当に秋   小林信子

 

 

管理費の十余年前の誤記録ありわずかに夕べいやされている   大野葉子

 

 

疲れ果て乗り換えを待つ夜のホーム羽蟻踏みつつわが靴が行く   佐藤鳥見子

 

 

紅のあさがほ大輪傾ぎ咲くその重心をおもひて添ひぬ   岩佐恒子

 

 

散る花に紛れて逝きしは間違ひと帰りてゐるかもお馬鹿なれいこ   大野景子

 

 

良寛には成れず秋の蚊打ちにけり慕ふがに細く鳴き来る者を   大林明彦