額(ひたひ)には燃ゆる黄燐夏の夜を逃ぐる老爺の行方は知れず   塚澤正

 

 

台風に飛ばされて来し受け皿に雨水たまりて浮き雲映す   齊藤愛子

 

 

両の手に帆布を展(ひら)くひとの脛双眼鏡の中に瘤だつ   庄野史子

 

 

あけ放ちし窓そのままに眠る夜のレム睡眠にもぐり込む獏   宇佐美玲子

 

 

チベットの難民たちが越えきたるヒマラヤの峠の雪煙見上ぐ   大本あきら

 

 

氷河期に生きてたひとの遺伝子を大事にしろよと臍にいわれる   伊東恵美子

 

 

凌霄花(のうぜん)の花庭に揺れ妹のさしたることなき悩み聞きおり   加藤悦子

 

 

数多なる出来ない理由を考えるその精力を出来るに生かせ   金子芙美子

 

 

楽しくて苦しいそして苦しくて楽しいと君は短歌に誘いぬ   塙紀子

 

 

早起きは気持ちよきかなひんやりと冷気の中に息ふかく吸ふ   上野幸子

 

 

厨辺の芥にまじり抜け殻になりたる海老がわれを見ている   熊谷郁子

 

 

一本の向日葵たかし隣家の庭よりわが家のぞき見てをり   稲村光子

 

 

日盛りのポストへの道人気なく崖より湧きくるひぐらしの声   山口真澄

 

 

雨あがりの空に二重の大き虹見よとぞ友が電話をくれき   関まち子

 

 

マリーゴールドと信じて植ゑし苗床にコスモスどつさり日々育ちゆく   松本ミエ