人生の夏の盛りは傾きて晩夏に至る頃より淋し   加藤孝男

 

 

濃き淡き鯖雲の浮く朝の空素数の月に生まれたかった   広坂早苗

 

 

脱出が敵前突破という話われは好めり老いたればなお   市川正子

 

 

はらわたをゑぐり出せば暗き洞あり国産といふ名の秋刀魚   島田裕子

 

 

みずからの言葉に傷づきいるわれをすっぽり包む今日の落日   滝田倫子

 

 

梔子の残んの香りを散らしゆく風にすがらむ雨を連れ来よ   寺田陽子

 

 

飛行機に乗りて昇るは寂しかり空の真中へ抛らるる椅子   麻生由美

 

 

めっきりと薄くなりたる母の髪を見しより続く下痢に苦しむ   高橋啓介

 

 

屈み込み五右衛門風呂に夥しき本を燃やしぬかの夏の果て   升田隆雄

 

 

一本の青桐あらば寄りゆかむしろがねのねぢ埋めたる足に   小野昌子

 

 

雨の日の朝顔の花いろもちが良いと言いつつ濡れてくるひと   齋川陽子

 

 

脚力の落ちてきたるに抗わずゆったり行かな夕べの野道   齊藤貴美子

 

 

二十代から六十代のアンケート八十代と言えば切れたり   松浦美智子

 

 

山中にひろごる緑化センターの夏にきわだつ夾竹桃の花   中道善幸

 

 

空に挿すメタセコイヤの影ながし坂の半ばに風わたりくる   柴田仁美

 

 

青空へぶんと梢を張りながら寂しいだけの欅いつぽん   久我久美子

 

 

戦争を思うことなく八月は「寅さん」に笑い切なかりけり    岡本弘子

 

 

投手戦になりて七回無得点かわるがわるに三人ずつ死ぬ   岡部克彦

 

 

のけ反りて殻を出でゆく蝉に遇う薄き緑の羽伸びてゆく   小栗三江子

 

 

病む妻はもう大好きなスーパーへ行かぬであろう甘きおけさ柿   吾孫子隆