病むことに支へられつつ生きて来しつよくはかなき実感のあり 橋本喜典
譲れざるけじめのあらむ大きなるマスクせしまま喋る人あり 篠 弘
堪え性もともとあらずいいところまできて放しし運の数々 小林峯夫
夕つ日に光と影のあらわなる竹林音なきものの住むらし 大下一真
ああ俺は汗かきまくり詮もなきエアロバイクに荒野をゆくかな 島田修三
うすものをまとふ弥勒はいまにしもわれと遊べと立たむとすなり 柳 宣宏
さくさくと枯あぢさゐの花首を剪りたるのちの木鋏の錆 中根誠
銅剣の互ひ違ひに置かれしは何ゆゑ二千年を眠りて 柴田典昭
静かなる声の明治ははるかなり樹下に埋もれて牛飼の歌 今井恵子
海底のトンネルゆくときうろこみなぬれて光れりわれの総身 中里茉莉子
まだ誰も吸はぬこの朝いちばんの空気吸ひ込み草抜きてゆく 松坂かね子
車より降りたてば眼鏡くもりたり炎天に父が爆死せる時刻 曽我玲子
ローズマリーの香りが残る指先を大切にしてページを繰れり 山田あるひ
茄子畑の茄子がとろけて腐りゐるけふ原爆忌びしょびしょの雨 大槻弘
石にふれ水にふれつつゆれてをり風に従ふ萩のしづけさ 大林明彦