天明を没年とする墓もあり飢饉ありても家を継ぎ来し 上野昭男
母の日にわが目を合わせ微笑みぬお母さんはわたしのお母さんだから 杉本聡子
投票の記念は意思を残すこと無記名用紙を男子が欲しがる 田村ふみ乃
キツコーマンの暖簾が日焼けしてをりぬ老婦商ふ醤油カステラ 森暁香
軍隊は変身しないし血も出ると教える前に子は眠りゆく 浅井美也子
「七つの子」歌えば山にまぼろしの孫いるごとく思えてうたう 中野豊子
藤浪にカーブ教えしは我なりと少年野球の父らの神話 高木啓
完熟のブルーベリーをザルに採る微熱のような気怠さの粒 菊池和子
飲み終へし薬包紙にて折る鶴の真白き姿いずこへ飛びけむ 栗本るみ
哀惜にかかわりもなく季はゆき白きアジサイ冴々と咲く 松本ミエ
看護師は明るきひかりを携えて深夜勤務に木霊と生きる 大葉清隆
ミニ薔薇のかろき鉢さげ金曜の夜をふらりとわかものが来ぬ 智月テレサ
成りの良き夏野菜籠にあふれさせ仮設住宅(かせつ)の友へ持ちゆかんとす 宇佐美スミ
録画せし映画半ばで一度止め後の半分過ちて消す 今井百合子
亡き姑のうすずみ色のアルバムにわが夫幼く眠る一枚 松本いつ子
手を伸ばしそつと触れたし噴水の光のかけらが集まりて虹 茨木久子
いてもいい居なくてもいい老いの身に居場所たしかな己(おの)が菜園 金谷静子
熊の子は銃撃されし母を待ちわれは戦死の父を待ちにき 諸見武彦
いつの日か笑わなくなり丸まった背中をさする人もいなくて 広沢流
夕立が激しく降った七月の日記に傘の絵を幾つか描く 片桐真喜子
二次会に消えるお金を下ろすため道路をわたり108円はらう 山田ゆき