仏壇にあるのど仏父親の美(は)しき盛りを見し夏もすぐ 加藤孝男
空港に遅延の便を待ちおれば夜盗のように息子あらわる 広坂早苗
死後という時持つ死者にこれの世の時もらいいるつくつく法師 市川正子
女童のやつさやれやれ囃しあふ勢ひは増す母たちの撥 島田裕子
やぐるまの紺の深みに耳よせて逝きたる人のさざめきを聞く 滝田倫子
秋されば茎をもちひて籠を編む年中つくるものにあらずき籠は 麻生由美
ちちと鳴り水仙荘より請求のフアツクス届きつまぼろしの旅 升田隆雄
乳母車の犬の頭を撫でながら危ふき錯誤ありてさすりつ 寺田陽子
つばくろのすべるごと入る寺の門ちちははの忌を忘れ果てたり 小野昌子
荒れ狂うしぶきに濡れて最大の光量を誇る灯台の灯は 中道善幸
野薊の花に寄りゆく棘の原いくさ仕掛くる予感に怯ゆ 齋川陽子
若き日に市議員選挙のウグイス嬢務めて朝より汗ばみたりき 齋藤貴美子
海見ゆる駅の屋上広場には食事する人ありてのどけし 松浦美智子
週末の十三回忌の夏は来て父なき家に足は冷えゆく 高橋啓介
夏草の絡まり茂る夕まぐれ傷あるものの喘ぎゆくらむ 久我久美子
どれ程の怒りが腹に留まりしや「お前」と息子がわれを呼ぶまで 柴田仁美
マンボウは疲るる横顔見せながら泳ぎを忘れへばりつきおり 岡本弘子
速や足に歩む然れどもいくたりか老夫婦にも追い越されたる 小栗三江子
すでにして後期高齢暮れなずむ空に入日がまだ残りおり 岡部克彦
たっぷりと水気に浸る湿原の榛(はん)の木林は漠然とあり 吾孫子隆