それぞれの老にそれぞれの相あれば一己の老をわれは詠むのみ   橋本喜典

 

 

ひまはりの大き花芯はきらめけり目に冴えざえと炎をあぐる   篠 弘

 

 

彼岸花は死人(しびと)花とも言うらしいとり巻かれおり燃え立つしびとに   小林峯夫

 

 

汗をかく否汗が噴く人間の無駄なき機能と聞けどうとまし   大下一真

 

 

日本人はすつかり大人になり果てて天皇ばかりが少年である   島田修三

 

 

大切な三千円をポケットにさはる久保田の千寿買ふべく   柳宣宏

 

 

天国の母恋ふゆゑに首伸びて“キリンの子”かと半ば肯く   横山三樹

 

 

パトカーがわが駐車場塞ぎゐて夏の没日(いりひ)に眩(めくら)む思ひす   柴田典昭

 

 

雨音のように亡きもの気配あれど非礼を詫びんと思えば居らず   今井恵子

 

 

ピンカーブ幾曲りして下りゆく八甲田越えて橅の真みどり   中里茉莉子

 

 

茜雲に見入りてをれば吸ひ込まれさうな鋭角の傷口のあり   亞川マス子

 

 

鷺になれず蜥蜴になれず意地わろき妻でいる日の足首冷ゆる   曽我玲子

 

 

棄てられず棄てずにありし戦中の母の遺品は私で棄てる   山田あるひ

 

 

命日は目を瞑るのみ供えたるほたるぶくろの中に入りて   佐藤鳥見子

 

 

胸に手をあてて見ている野の花の蕾のままに萎みて落つる   今川篤子

 

 

あの雲に私は乗れそう分厚くて巾も身丈もゆったりしている   仙 貴美惠

 

 

ふり返ることはそろそろ止めませうわれより長き子の影法師   大野景子

 

 

のこるみづ自分の足に颯(さ)と掛けて夏の夕べの打水終ふる   大林明彦