七月集~作品Ⅲ
髪洗い化粧落しし無防備を鏡に見つむ他人見るがに 菊池和子
終のえさ常と変らず食みて発つ黒艶めける牛を哀しむ 里見絹枝
ほろほろと君のわるぐちひとりごち磨けり茶色の重き革靴 浅井美也子
八センチも身長ちぢむにていねいに年齢のみは増えてゆくなり 牧野和枝
濃き淡きみどりの中を登りきて若葉の海に吾は溺るる 門間徹子
天国の門はここよと母言いて老人ホームで暮らし始めし 諸見武彦
曲りたるバネ指そつと解きほぐし花冷えの畑に菜の花を摘む 酒井つた子
発熱の見知らぬからだ細胞がざらつき俺は眠れずにいる 高木啓
花冷えの鵜舟工房鉋ひく男の汗がにじむ半纏 大橋龍有
願(がん)かけてやめてと言ひて生き延びぬころり観音に詫びつつ生きる 齋藤美枝
敵ながら東京ドームで牙を剥く藤波投手にぐっと来ました 上根美也子
声あげて笑いしことに驚けり一人の部屋にわれの声する 服部智
太陽の芯を突くごとひろげたる日傘の影に入りくる蜂も 前田ふみ乃
取り入れた洗濯物にもぐり込み八分音符で床打つうさぎ 杉本聡子
毎日がプールに通う夏だった題名だけが残る藁半紙 広沢流